サッカー部エース
体育館にキュッキュッと、シューズが床を蹴ることで生まれる甲高い音が鳴り響く。
俺たちのクラスは今、体育の授業中でフットサルを行っていた。
俺のチームは今試合は行っていないのでコートの外に外れて見学中。俺も体育館の壁に身体を預けて楽な姿勢で、ぼんやり試合を眺めていた。
「ヘイッ!パスパスッ!」
今、攻めて側のチームである赤ゼッケンを付けた真司がゴールに向けて走りながら声を張り上げてボールを呼ぶ。
「真司のやつ、めっちゃ張り切ってんじゃん」
真司と同じチームでボールホルダーである斗真がそんな真司の姿を視界に入れると、爽やかな笑みを浮かべた。
スポーツ全般が大好きな真司は、体育の授業が一番生き生きしているような気がする。真司だけでなく斗真もそうだし、大半の生徒もそのように見える。
斗真がパスを出そうとすると、斗真の前に相手チームである青ゼッケンを付けた秀隆が立ち塞がって、斗真は足裏でボールを止める。
「簡単には行かせねぇよ」
「おっ。ちょうどいいや。前のバスケの授業じゃコテンパンにされたからな。倍返しにしてやるぜ」
ボールが吸い付くような華麗なボールタッチで、斗真は真司を抜きにかかる。秀隆も剥がされまいと斗真の動きに付いていき、激しい攻防が繰り広げられていて、コート外から見ていた生徒から「おぉー」と声が上がった。
だが、流石はサッカー部エース。ダブルタッチで秀隆の股を通して抜き去っていく。「うっま……」と、これは秀隆も称賛せざるを得ないテクニックを披露して、斗真は右足で真司に優しいクロスを送った。
美しい放物線を描く見事なベルベットパス。ゴールに走り込んでいた真司にドンピシャに合わせたパスで、あとは真司が決めるだけの状況。
真司は己が持つ限りの力の全てを土踏まずに集約させて、飛んだ。そしてゴールに叩きつけるような豪快なヘディングを試みようとして――、
見事なまでに空振った。
「おい真司ー。そこは決めるところだろ普通ー」
「へいへいっ!調子悪いのかー!」
「おっかしいなー。イメージは完璧だったんだけど」
「そのセリフ、二分前にも聞いたぞ!」
真司が披露した盛大な空振りに、斗真とチームメイトから笑い声と煽り声が聞こえる。コート外を出たボールは偶然俺がいたところまで転がってきたので、それを拾い上げてコート内の選手に渡したあと、再び腰を下ろした。
「真司は相変わらず空回りしてるね」
俺の近くまで歩いてきた純也が、コート内の真司の様子に目を細めて小さく笑って「よっこらせ」と隣に座り込む。
「まぁそれはいつものことだろ」
「ハハッ。確かにそうかもね」
運動神経と能力は斗真とタメを張れるくらいに高いのに、最後のツメが甘いところは真司らしいところなような気もするが。純也も同意を示して笑い声を上げた。
「思ったけど、最近奏さんと結構仲良さげじゃん」
「あー。まぁ……そうだね」
仲がいいのはいつものこと。俺が言った仲良さげとは別の意味合いを込めて言ったもので、純也にしては珍しく顔を赤らめて視線を逸らすなど照れくさそうな反応を見せる。
あの件のあと、二人が何を話したかは知らないし聞いてもいない。
ただ見るからに変わったと分かったのが二点あって、一つは純也の雰囲気。
元々優しげな顔立ちの純也だが、それに大人びた雰囲気が加わったことで以前よりも男前になったように見える。自分の気持ちを吐き出したことで、精神的に成長したことによるものなのか。それは本人でも分からないと思うのだが。
それによってなのか、二つ目は奏さんの純也に対する接し方。接し方と言っても二人の話す距離感ではなく、奏さんが純也に触れる回数が極端に減ったことだ。
純也のことを弟のように思っていた故のこれまでの行動を反省してなのだろうか。
それとも――、
「純也の奏さんのことだからあんま深くは聞かないけど、あの様子なら上手く話せたってことだと思うしとりあえず良かったよ」
「うん。あのままズルズル言ってたら行く行くは奏とは口を聞かなくなってしまってたかもしれないし……だからありがとね。カッキー。奏もありがとうって言ってたし」
「この間、本人から直接聞いたよ。二人がなんか他人行儀な態度を取り合うってのも、見てて嫌だしな」
「ハハッ。なにそれ」
「従業員みんなの総意だ」
握り拳を手に当てて笑う純也に、俺も口元を緩めてそう答えた。
「――だよねー」
「そうそう。最新のMVちょーカッコよかった」
純也と話していると、隣接する体育館を繋ぐ廊下から女子の声が聞こえてきて、しばらくするとこちらの体育館に続々と姿を見せた。
その中には優奈の姿もあり、座っている俺と目が合うと目を細めて穏やかな笑顔を浮かべて、俺の隣で足を止める。一緒にいた瀬尾さんたちも立ち止まった。
「どうした?授業時間あと半分残ってるけど」
「先生に急用ができたらしくて、どうしても席を外さなくてはいけないそうで、残りの授業は自由時間になったんです」
それでこっちの体育館の授業の様子を見にきたって感じか。
「今日の男子の授業はフットサルなんだね」
「さっきなんか凄い笑い声が聞こえたけど、何かあったの?」
「さっき真司が思いっきり空振りしたんだ」
「こらそこっ!俺の失態を女子も言いふらすんじゃねぇっ!」
「なんで聞こえたんだよ」
「地獄耳だね」
どうやら男子の笑い声が向こうまで聞こえていたそうで、純也がその理由を教えるとその原因の張本人である真司から声が飛んだ。
そう話している間も試合は進み、赤ゼッケンのチームがボールを奪って、斗真へと預ける。
持ち前のボールコントロールで一人、また一人と抜き去っていき、最後は左足一閃。ゴール左上隅にボールが突き刺さってネットを揺らした。
「ウェーイッ!さっすがエースッ!」
「今のはエグいわっ!」
「いやー。さっき真司が決めてくれてたらもっと楽だったんだけどな」
真司やチームメイトたちが斗真の元へと駆け寄ってゴールを祝福する。斗真は肩を竦めながら苦言を呈すると、「次は決めるわっ!」と意気込んで見せた。
「やっぱサッカー部なだけあって上手いね」
純也も斗真が見せたプレーに、舌を巻く。
その才能は誰もが認めるもので、それこそ中学時代は数多くの私立高校から声をかけられていたが、その推薦を蹴ってここに入学した。
斗真曰く、「強いチームでやるより強いチームぶっ倒した方が気持ちいいし、良介と梨花と同じ高校がいいから」らしい。
なんとも斗真らしい理由だと、そのときは二人して笑った思い出もある。
目の前で彼氏が見せたその姿に、瀬尾さんも目を細めて小さく手を振る。斗真のそれを見て、爽やかな笑みを浮かべた。
「って、次は俺らの番か」
今日は勝ち抜き戦方式で、勝ったチームも三回勝てば入れ替わる。正直、斗真たちのチームは運動部が揃っているので、全く勝てるイメージが湧いてこない。
それでも授業の一環なので、俺と純也は腰を上げた。
「頑張ってくださいね」
「サッカーはあまり上手くないから期待しないでくれ」
優奈が見ている前でカッコ悪いところだけは見せまいと、いつもより少しだけ気合いを入れた。
うーん……
あまりにも何も起きないこの日常……
だがそれがいい




