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近づく冬

 机に向かい手元に広がる課題にペンを走らせていると、突如鼻腔にむず痒さを覚える。それは徐々に増していきやがて抑えが効かなくなって――、


「へっくしょんっ!」


 俺は口元を抑えて顔を背けて、大きなくしゃみをする。鼻腔を襲ったむず痒さは内部の異物の排除と共に消えていった。

 

「大丈夫ですか?」


 目の前で同じく課題に取り組んでいた優奈はペンを動かす手を止めて、心配そうに見つめる。

 

「あぁ。大丈夫大丈夫……へっしゅんっ!」


「待っててください。温かい飲み物淹れてきますから」


 気をかけまいと鼻下をさすりながら鼻をすすったが、再度むず痒さが襲ってきて二度目のくしゃみ。その姿を見かねた優奈は穏やかな笑みと共にそう言って立ち上がり、飲み物を入れにキッチンへと向かった。


「なんか今年は特に冷えるっぽいんだよな」


「体調管理に注意して暖かくしないとですね」

 

 ニュースでも言っていたが、今年の冬は寒冬になるそうで東北地方や北海道では来週にも雪が降る予報となっている。

 ここも朝方や明け方には寒いときで最低気温が一桁まで下がるそうで、去年よりもさらに激しい冷え込みが予想される。


「良くん。コーヒー入りましたよ」


「おぉ。ありがと」


 立ち昇る湯気とコーヒーの風味が鼻腔へと広がりマグカップを手に取ると、熱すぎない適温が手のひらからじんわりと温もりを与える。

 一口含めば、その温もりは内部へと染み渡っていき、たまらず俺は小さな吐息をこぼして、その流れで俺は優奈に話を振る。


「優奈。午後から少し買い物に出かけたいんだけど、一緒についてきてもらってもいいか?」


「わたしは全然構わないですけど、どこか行かれるんですか?」


「ちょっと家電屋で炬燵を見に行こうかなと思ってさ」


 この季節、当然暖房を効かせて今も暖風がこの家をあたためてくれているが、やはりもう少し脚部への温もりがほしいと思ってしまうときがある。実家に炬燵があるから尚更、その温もりが恋しくなってしまうのだ。


 去年はまだ貯金に不安があったため購入を断念していたが、今は学生の身分としてはそれなりに貯蓄もある。

 この冬を快適に過ごすためにも、やはりこのタイミングで購入に動くのがベストだろう。


「炬燵……」


「もしかして、炬燵持ってなかったりする?」


「うちは床暖房だったので」


 ということは、優奈は炬燵の魅力、そして一度炬燵に入ってしまえば中々抜け出せない誘惑を知らないということだ。

 そもそも炬燵を持っている人と持っていない人の割合は半々といったところで、天野宅が炬燵を持っていないこともそう驚くことではない。

 

「だったらなおさら炬燵を買いに行こう。個人的には、炬燵に入ったことがない人は人生の半分は損してる」

 

「良くんがそこまで言うの珍しいですね」


「それだけ炬燵に魅力があるってことだ。それに優奈もエアコン以外の暖房器具あった方が過ごしやすいだろ?」


「そうですけど……ここは良くんのお家ですから、わたしがそういうことを言うのは違うかなと」


「いやいや。俺ん家にもほぼ優奈の家みたいなもんじゃん。優奈の私物もちょいちょいあるんだし」


「そ、それもそうなんですけどっ!良くんのお家も本当のお家くらい過ごしやすいと思ってますけど、そういうのはちゃんと……将来一緒に住み始めたら……」


「お、おう。まぁ……優奈がそう言うなら」


 頬を染めた優奈に、俺はそんな反応しかできなかった。


 優奈がこの家をそう思ってくれていることはとても嬉しいし、だからこそ別に遠慮することでもないと思ったのだが、優奈の中ではそのようなルールを決めているらしい。

 

 それに最後の……将来一緒に住み始めたらと言う言葉。それはそう遠くない未来の話だと思うのだが、それを言葉に出されると嬉しいと恥ずかしいのダブルパンチが俺を襲い、優奈に遅れて頬に熱を帯びたのが分かった。


「とにかくそういうことだから、午後からよろしく頼む」


「は、はい。分かりました」


 お互いに話を切り上げて、俺は残りのコーヒーを口にした。


☆ ★ ☆


 昼食を食べ終え、家電屋に向かうべく俺たちは身支度を整えていた。空の様子はお出かけ日和……とは言わず、空一面は分厚い雲で敷き詰められている。

 これも着々と冬に近づいていることの表れかとそう思いながら、俺は黒のコートに袖を通した。


「良くん。ちょっとジッとしててください」


 そう言った優奈が手にしていたのは、クリスマスプレゼントに送ってくれた手編みのマフラー。 

貰って以降冬の間は大変お世話になったが、冬が過ぎて暖かくなってからは大切にクローゼットの中にしまっていた。


 優奈は俺の首にマフラーをかけると、慣れた手付きで巻き始める。こうしてもらうと首元以上に心が温まっていくのをひしひしと感じた。


「こうして優奈にマフラー巻いてもらうのもなんか懐かしい感じするよな」


「また巻いてあげられる季節になりましたから」


 これでよし、と優奈の手がマフラーから離れて、天使のような優しい微笑みがあふれる。

 そんな彼女の笑顔に、俺も目を細めて口元を緩ませながら、扉を開けて外の空気を浴びた。

お読みいただきありがとうございます。

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