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流れ星

「あー生き返る……」


 全身を包み込むちょうどいい湯加減のお湯は、身体の芯から温めてくれて、湯船に浸かっていた俺の口から気の抜けた声が漏れた。


 自由行動のあとは、宿泊先へ戻って夕食を食べ終えのち、入浴。各クラスで時間が割り振られていて、今は俺たちのクラスの入浴時間。

 頭に乗せていたタオルを風呂場の縁に置いて、顎先まで浸かるくらい深く座り込みながらぼーっとしていると、


「隣、座っても?」


 そう声がしたので顔を上げると、斗真の姿があった。タオルは肩に乗せているので、当然斗真の聖剣を隠すものなどない。


「いやって言ったら」


「座る」


「断っても座るなら最初から聞くなよ。どうぞ」


「どーも」


 斗真も湯船に腰を下ろすと、「んー気持ちいー」と両手両足を目一杯伸ばす。その伸ばした手足は程なくして水面に落とされて飛沫が発生し、隣にいた俺は当然それの被害に遭った。


「おいこら」


「さーせん。わざとじゃないんだ」


 顔に水飛沫が飛んで、それを手で拭ったあと斗真を険しい表情で見つめるとと手を合わせて慌てて謝罪する。

 俺は呆れ混じりのため息を漏らし、顔を上げて大浴場の天井を眺めた。


「天野さんとの自由行動は楽しめた?」


 両手で集めたお湯を自身の顔にかけて、髪をかきあげた斗真は、そう問いかけた。


「あぁ、とても楽しかったよ」


 お化け屋敷の他にも、一緒に有名な橋を渡ったり忍者の館でそれっぽい体験をしたり、湖から顔を覗かせる生物を見たりと、充実した時間を送ることができた。


「おーお。随分清々しい顔しちゃってまぁ」


「そういうそっちはどうなんだよ。最近、お互い時間作れなくて全然遊べてなかったんだろ」


 どちらかといえばこれは斗真に当てはまる。

 勉強のことで忙しくなるのは当然として、斗真の場合はそこに部活動も加わる。自らの進路に加えて、部活ではチームの主力でエース。時間が取れないのも仕方のないことだと思う。


「めっちゃ満喫できた。梨花も楽しそうにしてくれてたし良かったよ」


 満足げに斗真はそう呟く。

 小学生時代からお互いを知り尽くしている仲だ。今更、時間が合わず二人の時間を作れないからといって別れるなんて発想はまず出てこない。


 斗真が大事な時期だってことは瀬尾さん自身が一番分かっているだろうし、彼女自身もそうだ。

 斗真のことを理解して扱える人なんて、瀬尾さん以外に思い当たらない。


「お前やみんなと過ごす時間も好きだけど、やっぱ一番は梨花と一緒にいるときなんだよね。好きだなーって今日何回自覚したことか」


「おっ。今から惚気るつもりか?」


「いつも俺が良介に聞かされてることだよ。たまには俺のにも付き合えよ」


「いや。いつもではないだろ」


 全くないというつもりはなく、少なからず口にしているのは俺も重々自覚している。だがいつもというのは流石に心外で、俺は眉を顰めた。


「随分盛り上がってるね」


 純也が柔らかな笑みを浮かべながら、俺たちの会話に入ってきた。


「あれ、真司と秀隆は?」


「さっき出てったよ。今頃は部屋に向かってるんじゃない」


 どうやら二人はお風呂にあまり時間をかけるタイプではないらしい。

 斗真の質問に答えた純也も、身体を湯船に沈めて眉にかかるほどの前髪を上げて額を露出させた。


「で、なんの話してたの?」


「良介はいつも惚気てるよなって話」


「いや、最初は別の話だったろ」


 俺の惚気具合についての話が主となっていることに、俺は訂正を要求する。純也は肩に軽くお湯をかけてあと天井を見上げながら「うーん……」としばらく唸ったあと、


「いつもってわけじゃないけど、まぁそれなりにって感じ?というか俺からしたら、良介も斗真も似たようなものだけどね」


「えー。俺はそこまでだろ」


「そーいうのって自分では案外自覚していないものだよ」


 純也から発せられたのは俺からしたらありがたい助け舟。対して思わぬ一発を喰らって、唇を尖らせた斗真に「そもそも」と純也は続ける。


「別に惚気ることは別に悪いことじゃないからね。聞かされる側によっては心抉ることもあるだろうけどさ」


「なら聞くけど、純也は惚気を聞くのは平気な方?」


「うん。まぁ同じことを何度も聞かされるのは流石に嫌だけどね」


「それは俺も同意」


 苦笑しながら呟く純也に、斗真も頷いて再度大きい伸びをする。

 二日目の自由行動も有意義なものとなったのは各々の表情を見ればよく分かった。


「俺は先に上がるな」


 俺は大浴場に付けられている時計に視線を向けると、湯船に沈めていた身体を立ち上がらせてタオルを肩にかける。


「入浴時間もうちょい余裕あるけど?」


「この後は先約があるんでな」


 斗真の問いに、俺は予定があることを伝える。 

 相手が相手なので、のんびりお風呂を堪能していて遅れるなんてことはしたくない。

 二人ともごゆっくり、と最後に言い残して、二人に背を向けて脱衣所へと向かって歩き出した。


「先約ねぇ……純也くん。誰か予想を」


「言わずとも分かるでしょ」


「だよな」


☆ ★ ☆


 浴衣に袖を通した俺は、脱衣所を後にする。

 これから向かうのは、この宿泊施設の三階。そこは休憩スペースとなっていて、あるのはとやたらと高級そうなソファーに一人がけ用の椅子と机のみで、静かで居心地のいい空間となっている。

 両手に自分とその相手のために購入した飲み物を持って、俺は約束の場所へと向かう。その相手はもちろん優奈なのだが。 


 到着したその場所には優奈の姿が。窓際に用意された椅子にちょこんと腰を下ろしていて、窓から見える満月を眺めている。広がる夜空に輝く満月の光が差し込んで、彼女の持つ美貌に更なる美しさと儚さを与えた。


 外の景色に意識を奪われているのから俺が来ていることには気がついていないようだったので、忍び足でこっそり近づいていき、優奈の首元に冷えたペットボトルを優しく当てる。


「ひゃう」


 不意打ちというのもあって、可愛らしい悲鳴を上げると同時に意識を完全にこちらへと切り替える。その反応を楽しんでいた俺のニヤけ面を見ると、驚きで目を開いていた優奈はぷくりと膨れっ面を作ってみせる。


「普通に来たら良かったじゃないですか」


「悪い悪い。満月を眺めている優奈の横顔を見てて見惚れちまってついな、飲み物買ってきたからこれで手を打ってくれ」


「理由になっていませんよ。もうっ……」


 呆れながらも、口元にはうっすら笑みを浮かべて俺から飲み物を受け取る。俺は向かいの椅子に腰を下ろした。


「風呂上がりってことで、飲み物スポドリにしたけど良かったか?」


「はい。ありがとうございます」


 男女で多少の入浴時間のズレはあるが、クラスは一緒のため優奈もほぼ俺と同じタイミングでここに来たのだろう。

 頬をほのかに紅潮させていた優奈は、ペットボトルの蓋を開けて透明の液体を喉に流し込むと、優奈は口を離して小さな息を吐いた。

 

「それにしても、こんな場所よく見つけたな」


 俺は窓から見える夜空の景色に目を向けて、そう呟いた。


「昨日、散策していたらちょうどいい広間を見つけたものですから。どうやらここ、紅葉を眺められる穴場スポットらしいですよ」


「今は夜だからもう見えないけどな」


 もう夜なので見えないが、建物の構造上、この先の向こう側は建築物がなく連なる山々を一望できる。秋が深まる季節なので一面の紅葉を眺められるだけに、少し残念な気持ちにもなる。


「なんだか、悪いことをしてるみたいですね」


「場所が場所だからな。人気もあまりないし」


「先生に見つかったら怒られちゃいますかね?」


「それはないだろ。時間破ってるわけじゃないし」


 部屋は男女で別々に分かれていて、部屋の行き来は禁じられているが、男女間で会ってはいけないとまでは言われていない。現にここに訪れる途中で、それらしき数組の男女が各々の時間を満喫していた。

 それにここのスペースは宿泊施設の公共の場。ルールの裏を突いているような形だが、別にお咎めを喰らうことはないだろう。

 優奈がそう感じたのは、この静かで満月の光が差し込む薄暗い空間によるもので、雰囲気的には夜の学校に近いのかもしれない。 


 今俺たちが会っているのは、何も特別な理由があるからじゃない。ただなんとなく一緒にいたいからというそれだけの理由で、自由行動のあと二人で話して待ち合わせ場所をここにして、この時間を過ごしている。


「あっ、流れ星です」


 景色を眺めていた優奈が夜空を駆ける流れ星を見つけて指を刺したが、流れ星は一瞬にして姿を闇へと消して優奈は分かりやすく肩を落とした。


「何か願い事でもあるのか?」


「願い事なんてたくさんありますよ」


「じゃあ流れ星一つじゃ足りないな」


「でも、一番叶えたい願い事は――」


 優奈は椅子から立ち上がって前のめりになる。

 それはお互いの吐息が触れる僅か数センチで、急接近された俺の心臓が早く打ち鳴らす中、優奈はとびきりの笑顔と共に、


 ――これからも良くんと一緒にいること、です。

本当は自由行動での良介と優奈の思い出を書こうと思っていたのですが、予想以上に長々しくなってしまったので、今話は載せないことにしました。

でもいずれ番外編としてどこかで必ず出そうと思ってます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 番外編でいいので書いてくださったらありがたいです!
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