表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/352

互いの想いを走りに乗せて

 一位でバトンを受け取ったとき、海老原は勝ちを確信した。白と緑が勝手に自滅してくれたのは、彼にとって幸運でしかなかった。


 まるでお前が一位になれと言わんばかりの神のお告げにも聴こえていただろう。


(絶対に勝つ!)


 バトンを受け取った瞬間、海老原は心の中で呟いた。


☆ ★ ☆


 小学校時代。

 俺はモテていた。勉強もできて足も速い。小学校では足の速い奴がモテるというのは本当だった。

 そう。だから俺は思ったのだ。

 俺はモテるのだと。賢くて身体能力も高い。そんな男を放っておくわけがないと。勝手にそう思い込んでいた。


 しかし中学校にもなるとそれは崩れ去った。

 いくら頭が良かろうと、足が速かろうとも、結局はカッコいい奴がモテるという現実を突きつけられた。


 だから俺はオシャレをすることにした。

 生まれ持った顔を変えることはできない。だが女子が好きそうな香水をつければ、再び自分にスポットライトが当たるのではないかと思った。


 だがそれでも上手くいかなかった。

 しかも最近、なにかと俺と距離を取る奴が増えてきた。小学校時代に親しげに話していた友人も俺から離れていった。


 だが、勉強と足だけは俺を見捨てなかった。

 中学時代は常に一位。陸上部でもそこそこの成績を残すことができていた。


 中学では上手くいかなかっただけ。

 高校では上手くいく。何故なら俺はモテていたのだから。青蘭高校は有名な進学校。そこで一位になれば俺を見てくれる女子がいる。

 そう信じて青蘭高校に入学した。


 しかし待っていたのは厳しい現実。

 中間テストは二十九位。今まで死守してきた一位は奪われ、そこから歯車が狂った。


 新入生テストも中間テストも、一位は柿谷良介という男だった。パッと見冴えない男だった。


 だが気がつけば、クラスのお姫様と言われる天野の共に行動していた。不良から守ったというたったそれだけのことで。


 クラスの立ち位置だけで言えば、俺と柿谷は変わらないと思っていた。だが何だこの差は。

 成績は常に一位。そして姫の王子様と言われ持ち上げられている。到底納得できるわけがない。


 俺より努力していない人間が、何故そこまで恵まれているのだと。何か一つ、奴から奪わないと気が済まない。そして考えた。


 だったら奴の護衛役を奪えばいい。

 そこからは早かった。


 上手く挑発して、結果的に勝負に持ち込むことができた。この状況に持ち込めばこっちのものだ。陸上部の俺が、帰宅部のあいつに負けるわけがない。


 天野の護衛役というその立場さえあれば、あとは何とでもなる。天野ともお近づきになることができる。

 失ったあの自信を、今再び取り戻すことができる。


 あぁ、今日はなんて素晴らしい日なんだ。


 ……ん?何やら白団のテントにいる生徒たちが盛り上がっている。カーブを曲がると同時に、俺は背後の状況を確認しようと目を向ける。


 そこには柿谷が迫ってきていた。


☆ ★ ☆


 順位は三位。一位との距離は十メートルほど。

 バトンを受け取った瞬間、俺は足を前に出した。ぐんぐんと加速していき、二位との距離を詰めていく。


 カーブを曲がり終えたところで二位の背中を捉えて追い抜いていく。そして直線、生徒用のテント前を駆け抜けていく。


「柿谷くん!いけるぞ!」


 島田先輩が声を枯らしながらも俺を鼓舞する。


「良介!いいぞ!」


「追いつけるぞ!走れ!」


 真司も秀隆も俺の姿を見て、精一杯の声を飛ばす。


「柿谷くん!頑張ってー!」


「り……柿谷くん!」


 瀬尾さんも優奈も声援を送った。

 それに応えるように、俺はさらにギアを上げた。五メートル。四メートル。海老原との距離がどんどん縮まっていく。

 

 

「っ……!」


 海老原は追いつかれまいと必死に逃げていく。


 (なんで……なんでだっ!)


 最終カーブに差しかかる。三メートル、二メートル……そしてついに海老原の背中を捉えた。

 俺は外に膨らんで、海老原の横に並ぶ。


「ハアッ……ハアッ……」


 互いの息遣いが荒くなる。

 だが、それでもーー


「勝てよ」


「頑張れ」


「期待してます」


 声が胸に響く。

 今はただ、その想いに応えるだけ。

 

 譲らない。

 譲ってなるものか。


 最後の直線、俺は最後の力を振り絞るように足を前に出して地面を抉るかのように地面を強く蹴った。


 横並びだったのが、俺が一歩抜け出した。


「クソがッ!」


 海老原も追いつこうとする。だがその距離は僅かに、確かに広がっていく。


 残り五十メートル。

 目の前にはゴールテープが張られている。


 走っているフォームは乱れ、きっと醜く映っているかもしれない。だがそんなことはどうでもいい。


 残り十メートル。

 

 過去の俺を、何もできなかった俺を、今の俺が否定できるように。


 五メートル。


 今ここで勝たなくてはいけない。


 一メートル。そしてーー

 その差は一秒もなかった。それでも先に、俺がゴールテープを切った。


 白団の生徒たちが歓喜の声を上げ、赤団の生徒たちは落胆の声を漏らした。


「ハアッ……ハアッ……」


 俺は立ち止まって、膝に手を突く。

 そして近くでは、海老原が腰に手を当てて天を見上げていた。


 こんなの、俺のキャラではない。

 そんなことは分かっていた。

 だが気がつけば、俺は小さくガッツポーズを浮かべていた。


 続々と最終走者がゴールして、各団選抜リレー一年の部は白団の一位で幕を閉じた。


「良介!」


 斗真がこちらに駆け寄ってきて、俺に飛びついてきた。


「サンキューな良介!これで負けてたらテントの中戻れなかったわ!」


「斗真こそ。膝は大丈夫か?」


 斗真の膝には土がついており、そこから血が滲んでいた。


「あぁ。後で保健室行ってくる」


 笑顔を浮かべて言う斗真に、俺も軽く息を吐くと柔らかく微笑んだ。


「なんでだ……俺は全力を尽くした……それなのに……」


 海老原が憎々しそうにこちらを睨む。

 彼の執念は驚くものがあった。特に追い抜いたあとのプレッシャーは凄まじさすら感じた。


「たまたまだ。次やったら俺は負けるかもしれない。だが、賭けは俺の勝ちだ」


 海老原は奥歯をギリッと鳴らす。


「なぁ、なんで俺に噛み付いてきたんだ?別に天野さんと距離が近いから……ってわけでもないんだろ?」


 呼吸を整えつつ、俺は問いかけた。


「…目立たない奴だと思ったのに……テストで学年一位。おまけに不良から天野を守れるぐらいに強い……お前は俺にないものばかり持ってて……嫉妬したんだ……そんなお前が気に食わなくて、何か一つでも奪ってやろうってなった。それだけだ」


「そうか」


 海老原には俺がそんな風に見えていたのか。


「まぁ楽しかったよ。また機会があったらよろしく頼む」


 俺は手を出すも、海老原は俺に背を見せた。


「……今回は俺の負けだ。だが……次は勝つ……」


「おう」


 すぐに二年生の部が始まる。

 出場していた一年生は、誘導する先生の指示に従って退場した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 海老原のエピソードが酷すぎてここで読むのを辞めました 自分勝手が過ぎる。こんな自己中な理由で女の子の気持ちを考えず掛けにするとか流石にどうかと思う 折角面白かったのに、この海老原関連だけで全…
[一言] あんまり気分の良くないエンドだった
[気になる点] 次のテストで海老原が何位にいるか気になるかな?程度には気になる存在になったかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ