修学旅行二日目
修学旅行二日目――
朝食と朝の点呼を終えた俺たちは今、一日目に新幹線で降りた駅までバスに向かっていた。
交通の弁が良く、新幹線の他にも電車やバスやタクシーが多く出入りしているこの駅は、自由行動をする俺たちの出発地点でもあり集合地点でもある。
「では今から四時まで自由行動とする。もし何かしらのトラブルや班員で体調不良者が出た場合は、前日の班リーダー会議で事前に伝えた電話番号にさっき渡した携帯で電話すること。自由行動だからと言ってあまり羽目は外しすぎないように」
バスを降りて先生からそのような軽い連絡事項を受けると、生徒たちは和気あいあいとした様子で早々に散っていく。
俺たちもバスに乗り込み、今は目的地近辺の停車駅に着くまで揺られている。
窓から景色を眺めていて改めて思ったのが、交通の弁が抜群にいいということだ。
特にタクシーは一分間に数台見かけるほどで、目の前を通り過ぎればまた今度別のタクシーが目の前を横切っていく。俺の行動範囲でタクシーを見かけるのは週に一回あるくらいなので、これだけタクシーが行き交っているのは都会ならではなのかもしれない。
「あー楽しみだな。抹茶パフェ」
「俺は白玉あんみつかな」
その道中、斗真と真司が外の景色に目もくれず京都のスイーツ店が載っているパンフレットを広げて盛り上がっていた。
俺たちの今日の予定なのだが、午前中は斗真と真司の要望に応えるような動きとなる。二人が浮かれ気分で話に花を咲かせるのも自然なことだ。
「しかし、あいつらの頭の中は食い物のことしかないのかね」
後席に座っていた秀隆が相変わらずの様子の二人に呆れながら呟く。
「ないだろ。京都の美味しいもの食べられるって目を輝かせてたから」
窓の景色に向けていた視線を彼らへと向けた俺は秀隆にそう返すと、お互い小さく笑った。
昨日だって消灯時間ギリギリまでパンフレットと睨めっこしては、ここの甘味屋のスイーツは美味しそうと話し込んでいた。
一見、馬鹿馬鹿しそうにも見えるが、食べたいものを食べるため場所はもちろんのことその店のおすすめの品まで調べあげるのはよほど好きでなければできないこと。もはや一種の才能ともいえる。
「で、二人は何読んでんだ?」
斗真と真司がスイーツのパンフレット真剣に読み込んでいるのと同様、秀隆と真司も何かしらのパンフレットを膝の上に置いて真剣に目を通していた。
「これ?お寺のパンフレット」
俺の問いかけに、顔を上げた純也が読んでいたパンフレットの表紙を見せた。
それには『京都のおすすめのお寺50選!』と大々と記載されたタイトルと誰もがテレビで一度は見たことのある京都の有名なお寺の写真が載っていた。
「明日の回る予定のお寺の復習とちょっとした歴史の勉強を兼ねて買っておいたのよ」
修学旅行三日目。最終日となるその日は選択制のコース別実習というのが組み込まれていて、そこには秀隆と純也が希望していた市内のお寺や寺院を巡る実習も含まれている。
以前俺たちが練っていた予定としては、午前に斗真と真司の甘味巡り。午後は秀隆と純也の寺巡りのつもりだったのだが、コース別実習でそれがあると分かったので、急遽予定を変更することとなった。
午前中は予定通り斗真と真司の要望の甘味巡り、そして午後は――、
「おっ、そろそろっぽいぞ」
車内にバス停のアナウンスが流れると、読んでいたパンフレットを鞄の中にしまい降車の準備を整える。やがてバスの速度がゆっくり減速していき、目的地近辺のバス停で完全に停止した。
お金を払い降車してからは斗真たち主導のもと、目的の甘味屋まで目指して歩く。
市街に近づいていくほどに観光客の人数が徐々に増えていき、辿り着いたときには大勢の観光客で賑わいを見せていた。
「やっぱ凄いな京都。こんなに人が密集してんのかよ」
「人酔いしちゃいそうだよね」
すれ違う観光客を避けるように歩みを進めながら圧倒されたかのように真司が呟いて、続けて純也も苦笑を浮かべた。
「京都とか他の都会とか、観光地はこんなもんでしょ」
「しかも平日だからまだいいけど、休日とかならもっと酷いことになってるだろうしな」
それこそ長期休暇だと海外からの観光客に加えて家族連れで訪れたりなど、歩行者道路が人で埋め尽くされるくらいに人で溢れかえっているはずだ。
「とっととこの人混みも抜けたいし早く行こう。抜けた先にスイーツっていうゴールがあるんだから」
「おーおー。スイーツが俺たちを待ってるぜ」
斗真と真司が颯爽と先陣を切っていく。
俺たちは心の中で「本当に単純な二人だよな」と呟きながら、置いていかれないように二人の後を追った。
☆ ★ ☆
そこから人混みに流されるように歩くこと十五分。それまで先頭を歩いていた斗真たちの足が止まって、店の看板に目を凝らす。
「おっ。ここだここだ」
パンフレットを取り出した真司が看板と載っている名前の合致を確かめると、その瞳を輝かせる。
ここが斗真たちが目星を付けていた一軒目の甘味屋で『甘味屋春風』と店の前に立つ看板にそう書いてあった。
「今あんま混んでないみたいだし早速入ろうぜ」
斗真が扉を引くと、夫婦と思われる二人がいた。齢が五十ほどの二人は穏やかな雰囲気で、「いらっしゃいませ」と暖かく出迎えてくれると、俺たちは空いていた席に腰を下ろす。
メニュー表を開けば、斗真や真司が口にしていた抹茶パフェや白玉あんみつの他にも豊富なメニューが揃っていた。
「じゃあ俺、きなこどら焼き」
「抹茶プリンにしよっかな」
「んー。ここはわらび餅かな」
俺と秀隆と純也も頼む品を決めて「すみませーん」と俺は手を挙げると、女性が注文を取りに来たので、各々が食べる品を頼んでいく。
「――最後にきなこどら焼きを一つ。以上でお願いします」
「はい。かしこまりました。にしてもみなさん若いねぇ。この時期に制服ってことは修学旅行かい?」
「はい!ここのスイーツがめっちゃ美味しいって書いてあったんで絶対行こうと思ってました!」
女性の問いに、真司は食い気味でその想いを伝えた。
「あらまぁ。どうもありがとう。味には自信があるからねー。作るのは主人なんだけど」
その回答に対して、女性は優しげな微笑みをこぼして、男性にメニューを伝えに向かった。
「へぇ。バナナミルクがあるのか」
「アイスパンケーキもあるよ。本当にメニュー豊富なんだね」
「うわぁ。それ聞いたら全部食いたくなる」
「食ったらマジで腹壊すぞ」
メニュー表に載っているイラストを眺めてその味を想像しては期待に胸を膨らませたり、次の予定の軽い話し合いをしばらく行なっていると、「お待ちどうさま」と両手に品を持った女性がテーブル席に姿を見せる。
最後に俺の品を受け取ると「ごゆっくりー」と小さなお辞儀をして、女性はこの場から去っていった。
「おぉー。美味そう」
「早く食べようぜ」
各々待ちきれない様子で「いただきます」と手を合わせると、スイーツをめいっぱい口に頬張って、味わった。
男友達と回るときは大抵食べ歩きになりがち。
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