薔薇色の未来
「――というわけなんだけど……」
話し終えた小林さんの頬は桜色に染まっていた。話し続けていたこともあったのだろうが、当時のことを思い出して喜びと嬉しさが再び溢れ出したのだろう。
できれば水を差すようなことを言いたくなかった。だが、言わずにはいられなかった。
「「「「いや誰だよそいつ」」」」
俺たちの知っている真司とはあまりにもかけ離れていて、俺たちの知らない別の真司なのではと思った。
感想は率直に、いい男だと思った。
日が当たらない、周りには見られることのない影の部分に目を向けて評価する。そんなことをできる人はそういないと思うし、先生を目指す俺にとってもそういったところにも見てあげられる目を養わなければいけないし、そんな人間になれたらと思う。
「えっ、それって俺らの知ってる真司か?イケメンムーヴすぎるだろ」
「いつもの真司からは想像つかないね。もしかして二重人格だったり?」
普段の真司を知っている俺たちだからこそ疑ってしまう。
馬鹿がつくほど正直でいつもモテることばかり考えてお調子者の真司に、そんな少女漫画に出てくるイケメン主人公みたいなことができるのかと。
「小林よ。それはマジで真司だったのか?見間違いだったって可能性は?」
「ううん。間違いなく白石くんだったよ」
「同姓同名の別人だってことは?」
「この学校に白石って苗字は白石くんしかいないよ」
秀隆がいくつか質問を投げかけたが、小林さんは全て真司だったと回答した。
体験した本人がそこまで言うのならきっとそうなのだろうが、それでも秀隆たちの疑いの目は晴れることはなかった。
小林さんが真司に寄せる好意について誰もとやかく言うつもりはないし、真司にもようやく青い高校生活が訪れるかもしれないわけで、応援しないわけがないのだ。
「っていうかみんな白石くんのこと信用しなさすぎでしょ。さっきみんなが白石くんの人物像言ってくれたじゃない?わたしからしたらそれって凄くいいところにしか聞こえなかったんだよね」
「例えば?」
「馬鹿正直って嘘がつけないくらい純粋で素直ってことでしょ。わたしは変に嘘つく人より正直な人の方が好きだな」
小さく笑みを浮かべてそう言った小林さんは、広げた小さな手の指を折り曲げていく。
「モテること考えてるってそんなに悪いことじゃないと思うんだよね。どうすれば異性に興味を持ってもらうか考えて自分を磨いたりしてる人って好感持てるよね」
「真司って男磨きしてんの?」
「知らない」
秀隆と純也が小声で話し合うが、そんな姿に目をくれず小林さんは話し続ける。
「確かに白石くんはお調子者だけど、周りを傷つけることはしないしむしろみんなから好かれてるでしょ。わたしあまり率先してみんなの輪に入っていけるタイプじゃないから、羨ましいなって思っちゃう」
「全部いいように捉えちゃってんな」
「あれだろ。好きな人のところは全部いいように見える補正フィルターみたいなのかかってるんだろ」
はにかむ小林さんの表情はまさに恋する乙女そのもの。そこまで言われてしまったら、俺たちももう何も言えない。
もしかしたら小林さんの言うことも間違っていないかもしれない。彼女が知らない真司の姿があるように、俺たちが知らない真司の姿だってある。
今後そういう関係になれたなら、いずれお互いのいろんな面が見られるだろう。そのときに相手側がどう思うか。それはそのときになってみなければ分からないものだ。
「あっ……」
小林さんが何かに気がついて小さく声を漏らすと、肩を少し丸めて視線を地面に向ける。そちらを向けば、用を足してきた真司の姿があった。
「わりー時間かかっちまって……ってあれ?小林じゃん。久しぶり」
「ひ、久しぶりだね。白石くん」
「学年変わってからめっきり会わなくなったもんな。喋ったの半年ぶりとかだよな」
「うん。そうだね」
彼女に気がついた真司が久々の再会に少し言葉を弾ませる。覚えていてくれたことが嬉しかったのだろう、小林さんもホッとしたような口元を緩ませていた。
「……ん?」
すると真司の顔が急に険しくなって、目力を強くして小林さんの方をじっと見つめた。
「な、なに?どうしたの?何か付いてる?」
自分の身なりに問題があるのか少し慌てた素振りを見せる小林さん。何を思って真司がそんな難しい顔をしているのか、俺を含めて皆分からなかった。
顎に手を当てていた真司がやがて何かに気がついたように指を鳴らして、
「前となんか雰囲気違うなって思ったら……眼鏡変えた?一年のときは黒縁眼鏡だったけど今は丸眼鏡してるからさ」
「う、うん。そうなんだ。似合ってる、かな?」
「おう。そっちも似合ってるぞ」
持ち上げるように両手で眼鏡に軽く触れて小林さんが小首を傾げると、真司は笑顔を見せた。
小林さんがなぜ真司に好意を寄せるのか、その理由が分かった気がした。
今の真司は素の自分。俺たちに見せるような自分をよく見せようと調子にのっている真司ではなく、肩の力を抜いたありのままの真司に小林さんは恋をしたのだ。
真司も今は特別カッコつけようとは思わず、自然体で小林さんと話している。むしろそっちの方が俺たちから見てもカッコいいというのに、いざってときに変に見栄を張ってしまうから、そういうところが勿体ないんだよと思ってしまう。
「あ、あのね白石くん。実は、白石くんの連絡先交換したいなって。だめ、かな?」
「連絡先?あぁ。いいよ。そいや交換したなかったな」
「良かった。それじゃあ……これ。わたしの連絡先書いてあるから、修学旅行終わってからでいいから連絡してほしいなって……」
「おっけ。ってか終わってからじゃなくて宿泊先着いたら連絡するわ。どうせ触る暇あるし」
「うん。楽しみにしてる」
「千春ー。いくよー」
ちょうど話を終えたところで、コンビニ袋を手にした小林さんの班員が彼女を呼んでいた。
「そ、それじゃあまたね」
「おう」
班のみんなの元へと戻っていく小林さんに、真司は軽く手を挙げて見送った。
「で、何の話してたん?」
見送りを終えた真司はこちらを見る。
俺たちは顔を見合わせると、思わず「ぷはっ」と吹き出して、
「いや、なんていうかもう……」
「真司って残念だよねって話」
「ほんとだよ。全く」
「は、はぁ?一体何の話してたんだよ」
「まぁ見栄を張らずに自然体のままで生きていけよって話。ほら、せっかくの自由時間なんだし散策にでも行こうぜ」
俺は真司の肩に手を置いて声をかけると、斗真たちに向けてそう言った。笑っている俺たちに最後まで訳が分からないでいた真司は不服そうにしながらも後を追いかける。
近い未来、真司にも薔薇色の生活が待っていることは間違いないだろう。
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