煩悩
タイトル通り良介の煩悩回のため短めです。
文化祭を終え休みが明けて、またいつも通りの学校生活が始まる。
「おーっす。良介」
自席に座って本に視線を落としていると、登校してきた斗真が俺の元まで近づいてきて、明るい声で挨拶した。
「おはよう斗真」
「なんかみんな身が入ってなくね?」
「気が緩んでるって気はする」
栞を挟み本を閉じて、教室内を見渡す。
学生最後の大型イベントを終えた三年生は緩んでいた帯を締めて試験に向けてまたピリピリとした空気感が流れているが、一、二年生の中にはまだどこか文化祭の余韻が抜けきっていない生徒がいるだろう。
中には男女が初々しい雰囲気ながらも仲睦まじそうな様子で登校する姿を見かけた。文化祭は生徒同士の距離を縮め、当然それは異性にも当てはまる。文化祭を通して、仲の良い友達から恋人関係になった生徒がいたって不思議ではない。
「これもだーれかさんが文化祭マジックを実現させちゃったからねー。みんなもそれに乗っかったんだと思うよー」
まるでこの浮かれた空気の原因は、去年の俺のせいだと言いたげにニヤニヤと嬉しそうに斗真は笑い、俺は顔を渋いものにする。
「そんな顔すんなよ。むしろ良介のおかげで文化祭で告白すれば成功するって恋する生徒に勇気を与えたんだから」
眉を顰めて頬杖を突く俺に、斗真は軽薄な声でそう言った。
呆れ混じりのため息をこぼした俺に、「そういえば……」と斗真が話題を変えた。
「贈り物は喜んでもらえたんか?」
「あぁ。喜んでもらえたよ」
「薔薇の花束なんて良ちゃんったらまたお洒落な贈り物を送っちゃって。できる男なんだから」
「うん斗真。もうちょい声絞ろうか」
記念日みたいな大切な日には、花束のような普段は送れないようなものを渡したかった。クリスマスに渡した指輪のように花束も高校生からしたら少し背伸びをした身の丈に合わない買い物をしたと思っている。周りに知られるのは少し恥ずかしいと思ってしまうので、声量を落とすことを斗真にお願いした。
「まぁ、あの日の夜は楽しいひとときを過ごさせてもらったよ」
「楽しいひととき……良介、お前まさかっ……!」
斗真の視線は離れた席で瀬尾さんと楽しげに言葉を弾ませている優奈へと移る。
「少なくとも斗真が思っているようなことはしてないから」
「なーんだ。じゃあ含みのある言い方するなよな」
「斗真が早とちりなだけだろ。普通に一緒に日常を過ごしただけだ」
いつも通り一緒に夕飯の準備をして、ご飯を食べて、贈り物を渡し合って、それから……それから――
「良介?」
「……まぁいつも通りの時間を過ごしただけだから。それだけ」
斗真が声をかけてくれなければ口元がだらしなく緩んだ表情を晒してしまったかもしれない。俺は慌てて口元を手で隠して見られないようにした。
バチンッ!と自分の頬を強めに叩くと。煩悩に捨てさり心を整えるべく、頭の中でひたすら素数を思い浮かべていた。
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