直接対決
白団の生徒は「あー」と重いため息を漏らした。
「まだ終わってないぞ!」
「みんな!ため息禁止!まだ各団選抜リレーがあるじゃない!」
ガラガラの声を必死に張り上げて、島田先輩は生徒たちに声をかける。綾瀬先輩も彼に続く。
「俺たちが優勝するためには、各団選抜リレーに何回以上勝てばいいんだろうな?」
「一位の緑の結果にもよるだようが、二回はある一位取らないときついだろうな」
リレーから戻ってきた真司と秀隆が戻ってきた。
「お疲れさん」
「二人は悪くない走りだったぜ」
「おう。でもやっぱ四位ってのは悔しいな」
そう言って秀隆は悔しそうに唇を噛んだ。真司も同様である。
「各団選抜リレーに出場する生徒は、入場門に集合してください」
呼び出しがかかり、俺と斗真は立ち上がった。
「勝てよ」
「もち」
「柿谷くんは別の意味でだけどな」
秀隆がそう言って笑う。
「海老原なぁ。あの性格さえ治せればなんだけどな」
二人は事情を知っている。クラスは違うが海老原とは何度か話したことがあるらしいが、あまりよい印象を持っているようではなかった。
「ありがとな二人とも」
「ここまで一緒に頑張ってきたんだ。応援するのは当然だろう」
そう言う真司に、秀隆は同意するように頷く。
体育祭を通じて、騒がしくも楽しい二人と交流を持つことができた。
世の中には俺やあのときの連中のような腐った人間だけじゃなく、斗真や二人のような優しい人間だっていると再認識した。
真司と秀隆は手を前に出す。俺と斗真も手を出して二人と軽くハイタッチを交わした。
その途中、優奈の姿も見えたが、特に視線を合わせることもなく入場門へと向かう。
「……頑張ってください」
すれ違う直前、優奈が俺にしか聞こえないように小声で発した。「おう」と俺も小声で言う。
入場門に着くと、入念に準備体操をしている者や友達と談笑している者、そして集中力を高めている者がいた。
最初に一年の部。そして二年、三年と続いていく。男女混合リレー同様、交互に走っていくのだが各団選抜リレーは女子が先に走る。斗真は二番走者。そして俺はアンカーを務める。
大会本部前からスタートすることになるので、ゴール地点も本部前となるので、俺と斗真はスタート地点が違う。そのため別々に並んでいた。
「おい」
低い声が響く。
顔を向けると、海老原が俺を敵視するような目を浮かべて俺を見ていた。
「どうやら逃げずにきたようだな」
「海老原……他の種目でてた?」
斗真たちと話をしながらではあったが、一応全種目は見ていた。しかし開会式以降、海老原の姿が見当たらなかったのだ。男にしては長い髪であるため、すぐ見つけることができると思ったのだが。
「フン。俺はこのリレーに全てを懸けている。他の種目なんて眼中にないのさ」
海老原は鼻を鳴らしてそう言った。
「まぁお互いにいい勝負できるできるよう頑張ろうぜ」
海老原のことは俺もあまりよく思ってはいないが、今は体育祭。フェアプレーで互いに全力で戦う場だ。敬意を持って俺は右手を前に出す。
「俺は敵と、ましてやこれから負ける奴と握手しない」
海老原は俺の手を払った。
「お前を全力で叩きのめし、天野を俺のものにする」
最後に俺をギロっと睨みつけて、前を向いた。どうやらもう俺と目を合わせるつもりはないらしい。
しかも海老原の発言的にもう俺に勝ったつもりでいる。俺も息を吐いて前を向く。
「選手入場!」
俺たちはそれぞれのスタート地点へと向かっていく。各団のテントからは今日一番の声援が飛び交う。島田先輩に至ってはもう何を言っているのか分からなかった。
遠目からではあるが、優奈も瀬尾さんと一緒にこちら見ていた。心配や不安のような表情ではなく期待するように、真っ直ぐな視線をぶつけてくる。
さっきの一声と、その表情をしてくれているだけで十分だと俺は思い、目の前で第一走者のスタートを見守った。
スタート位置を決めるジャンケンの結果、白が一番内側からのスタートとなる。インコースをとれたのはでかい。
クラウチングの構えをとって、合図を待つ。
何度も聞いた空砲の音。そして第一走者の女子生徒は一斉に駆け出した。
やはり各団選抜リレーに選ばれるだけあって、みんな速い。おそらくこの種目に出場する生徒の全員は運動部と言っていいだろう。その中になぜか俺も放り込まれているわけだが。
赤と青はほぼ同時に、白と緑が少し遅れて第二走者にバトンが渡った。
「よっしゃ!」
バトンを受け取った斗真は意気揚々とトラックを駆け抜ける。スタート地点が生徒用テント前だったからか、序盤からハイペースで飛ばした。
「斗真くーん!!」
それはひとえに、彼女である瀬尾さんの声援があるからだろう。瀬尾さんは声援を受けて恥ずかしがっていたが斗真はその逆。嬉しそうにしながら、楽しそうにトラックを走っていた。
瞬く間に二位である赤団の生徒の背中を捉えて、並ぶことなく追い越した。あとは一位の緑を捉えるのみ。そう思った斗真はさらに加速していく。ぐんぐん距離は縮まっていき、一位とはあとほんの少しの差というところまできた。
「よっしゃー!いけー!」
白団の応援も熱を帯びる。
しかし、半周走ってカーブに差し掛かろうとした瞬間ーー
足がもつれたのか、斗真の目の前にいた選手が体勢を崩して転んだのだ。不運だったのは斗真もそれに巻き込まれたということ。
「おわっ!」
斗真もよけることができず、転倒した。
緑と白のテントからは悲鳴とも声が飛んだ。
斗真は立ち上がり、再び地面を蹴る。
既に一位は赤。青にもほぼ追いつかれ、白は三位に順位を落とす。その後追い上げるも、順位は変わらず三位。第三走者にバトンを渡すと、「くそっ!」っと斗真は悔しさを滲ませた。
一位赤、二位青、三位白、四位緑という順位だ。第三走者の女子生徒も懸命に走り少し距離を縮めたものも、順位は変わることはない。
そして、一位の赤の女子生徒が海老原にバトンを渡す。そして五秒ほど遅れて青。そして白、緑と最終第四走者にバトンが渡る。
各団選抜リレー一年の部は、終わりを迎えようとしていた。




