ありがとう、またね
クリーム色の髪の少女が、ふと視界に映った。
「綺麗っ……」
同じ色の双眸は誰もを惹きつける美しさを宿し、人形のような愛らしい造形のような顔立ち。一目見た倉橋さんが思わず感嘆の声を漏らした。
その瞳をこちらへ向けると、微笑みを浮かべると共に目を細める。俺は優奈の元へと歩み寄ると、閉じていた口を開く。
「優奈。一人にして悪かったな。あと……優奈のおかげで言えることができた」
倉橋さんに言葉を伝えに行くとはいえ優奈をその場で置いていってしまったことへの謝罪と、優奈から貰った勇気に対しての感謝を告げる。
「はい。良くんもちゃんと気持ちを伝えることができたのですね」
「あぁ。ありがとな」
優奈も今現在一緒にいた女性が倉橋さんであることを理解したのち、優奈は安心したような優しい声音で言って、俺も微笑で返す。
いつもと変わらないやり取りを交えている俺たちの姿を、倉橋さんは目を丸くして見つめていた。
「柿谷くん。えっと……お二人はどのようなご関係で?」
「同い年の同じアパートに住んでいる……俺の恋人です」
俺と優奈を交互に目をやりそう尋ねてきたので、俺はそう返した。すると口元に手を当てて小さく微笑みながら優奈がこちらを見てきたので、
「……んだよ」
「いえ。良くんが可愛らしいと思いまして。もう随分経つのに紹介するときだけ未だに照れちゃうんですから」
「それは関してはしょうがないだろ」
改まって紹介するときの空気感がどうしても慣れないのだ。ましてや久々に会った同級生になら尚更。
「こんな綺麗な同級生が彼女さんなんて柿谷くんも隅に置けない人だねー」
「どーもおかげさまで」
目尻を下げた倉橋さんが俺を見ては、微かに口角を上げながらそう言った。
「倉橋さんですよね。初めまして。天野優奈と言います」
「倉橋瑠花です。あれ、わたし名前言ったっけ?」
「いえ。以前良くんから倉橋さんのことについてお話を聞いたことがあって」
「なるほど。っていうことはわたしの昔話も聞いちゃいました?」
「はい……とても大変だったとお聞きしました」
沈んだ声で言った優奈に、倉橋さんは「そっか……」短く答えると視線を俺に移して、
「柿谷くーん。勝手に人の過去をべらべらと喋っちゃいけないんだぞー」
「悪い……」
あのときは色々と不安定な部分があって何も考えたくなかったため、話の流れというのもあったが安易に喋っていた。他人に知られたくない過去は誰にでもある。
倉橋さんも貶すのではなく、茶化すような言い方だったのだが、俺は少し反省の色を滲ませる。彼女もすぐに「冗談だよ冗談。全く気にしてないって」とすぐに笑みを見せた。
「倉橋さん。実は一度お会いしたら伝えたいと思っていたことがあって」
優奈の透き通るような声に真剣味が感じ取れる。倉橋さんもそれを感じ取ったのか、緩んでいた表情が引き締まったようにも見えた。
「ありがとうございます。あなたと出会ったから、あのとき助けてくださったから今の良くんがあるんだと思います。すみません。偉そうな口な上に過去のことを蒸し返すようなことを言ってしまい……」
「大丈夫。それを含めて今のわたしがあるって思ってるんだ。逆に良くんを助けたからこそ見えたものもあるし、それがきっかけでなりたいものもできたから」
柿谷くん、と倉橋さんは言うと微笑んで、
「いい彼女さんと出会えたね」
「あぁ。恵まれているよ」
本当に人に恵まれすぎている。
その恵みが始まったのも倉橋さんとの出会いがあったからだと心の底から思っている。
「さて。それじゃあわたしはそろそろ帰るよ。あまり遅いとお母さんも心配しちゃうだろうから。それに二人の時間の邪魔もするわけにはいかないでしょ」
「もう文化祭終わるけどな」
「確かにそうだね」
スマホで時間を確認した倉橋さんが忘れ物がないか鞄の中を軽く確認し終えると、「倉橋さん」と彼女を呼ぶ。
「俺にも先生になるって夢があるんだ。職業は違うけど、倉橋さんと同じ子供たちを導いてあげる夢。だからこれからも大変なことだってあると思うけど、お互い頑張ろうな」
倉橋さんが俺に夢を宣言したように、俺もまた彼女に宣言する。
「先生か。柿谷くんに合ってる。みんなが親しみやすさを持てて人の痛みが分かって感じられる柿谷くんになら」
倉橋さんは小さく首を二度縦に振ったあと、真っ直ぐ俺たちを見た。それはいつかの日に見た笑顔を浮かべて。
「うん。お互い頑張ろう。それじゃあまたね」
そう言って、手を振り背を向けて歩いていく倉橋さんの背中を、俺たちは見送った。
お読みいただきありがとうございます。
長い間投稿できずすみませんでした!
また少しずつ投稿していけるよう頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします!




