六年ぶりの再会
今話は会話シーンはあまりございません。
去年の文化祭の件よりも夏休みのあの一件よりも、ずっと緊張で身体が強張っている。心臓がうるさいのは走っているからだと、言い訳と分かっていながらも自分に言い聞かせている。
ある日、ヒーローのように現れた女の子。
実直で曲がったことが嫌いで、困った人を見かけたら助けに行ける強い女の子。その子のように困っている人を助けられる強い人間になりたくて、彼女の後ろを追いかけていた。
いつしか彼女が近くにいるいることが当たり前のことと思うようになっていて、言わなければいけないことがあるはずなのに、それを伝えることすら忘れていた。
それに気がついたときには既に遅くて、自分の無力感と情けなさにどうしようもないほどの怒りを覚えた。
結局電話越しでも伝えることができずに、あれから六年ほどの月日が流れて、今日ここに至る。
もし彼女だったら、声をかけたときなんと言われるだろう。あのことを恨み、俺を恨み、責め立てるだろうか。
それならそれで構わない。それだけのことを彼女にしたという自覚は六年前からある。
それでも言わなければいけないことがある。
幾度も後悔してきたのに、いざそのときが来たら怖気付いて逃げだそうとしていた。
それを背中を押してもらって、また同じような後悔をこれ以上しないために、こうして追いかけている。
正直、今も少し怖いけれど、これまで踏み出せなかった一歩を踏みしめる勇気を優奈からもらった。だから目を背けずに彼女と向き合う。
そして伝える。
これまで伝えられなかった想いの全てを――
☆ ★ ☆
美術室を出た俺はすぐ近くの階段を降りた。
帰る、という単語が聞こえたので、一階に降りた方がどこかしらで会える確率が高いと考えた。
文化祭終了は三時だが、それは生徒限定の話であって訪れた人たちはそれより一時間早い二時までとなっている。
目的を果たして満足し帰宅するのだろう。展示品の少ない一階には外客が多く目立っていた。
彼女たちを探す上で唯一の手掛かりになっているのは、振り返った際に微かに見えたあの後ろ姿のみ小学生時代の倉橋さんの顔は覚えているが、六年も経過しているのだ。身体が成長するのと同じように顔付きだって子供から大人へと変わっていくので、この情報は全く役に立たない。
(いない……)
一階をくまなく回って周囲に視線をやっているが、見かけた後ろ姿の人物の影は見当たらない。
(もう帰ったか、それともまだ別の模擬店にいるか……)
いや。帰った可能性は低い。
彼女たちが出てから俺が追いかけるまでそう時間は経過していない。加えて走って追いかけているのだから、帰ろうとしていたならどこかしらで追いついて出会っている。見落としていたとは考えにくいので、まだ学校内のどこかの模擬店にいるはずだ。
だからと言って今から他の模擬店を見て回る余裕はないしそれこそすれ違いが起きる可能性もある。
となれば、やはり正面玄関前付近で待っているのが一番だろう。帰宅するには必ずそこを使うのでそこで待っていれば、早かれ遅かれ会うことができる。変に走り回って疲れる必要もない。
乱れた呼吸を整えたあと、正面玄関へと続く長い廊下を歩こうする。少し歩いたところでとある張り紙が目に入った。
「ハンドクリーム……科学部の出し物か」
その看板には大きな文字で『科学部製作ハンドクリーム!試し塗りも可!』とマジックで書かれていて、俺はそれを目を細めて眺めていた。
少し思い出したことがあった。
倉橋さんは昔から手が乾燥すると言って、よくハンドクリームを持ち歩いていた。それと肌から優しい香りがするのが好きとも言っていた。
ついでに興味本位で俺も倉橋さんのハンドクリームを塗っていたことも思い出す。
確証なんてない。普通に考えればいない方が確率が高い。
だけど俺の足は導かれるかのように、科学部の部室である科学室へと動いていた。
ハンドクリームを売っているのは科学室内ではなく手前の廊下で、生徒を配備していない無人スタイル。きっと防犯対策でどこかに監視カメラでも設置しているのだろう。
「あっ……」
そこに一人の女性がいて、思わず小さな声が漏れる。後ろ姿も服装も俺が見かけたものと一致している。
彼女は試し塗りに用意されていたハンドクリームを肌に塗り、塗り心地や香りを確認していて、
その一つ一つの動作が、昔の倉橋さんと重なった。
走っていたときよりも心臓がうるさく鳴り止まない。膝は震えていて緊張していることがよく分かる。きっといくら深呼吸をしたところで、この心臓は収まらないだろう。
けれど前を向いて進むために、これ以上逃げるわけにはいかない。何を言われたとしても、向き合うと決めたからにはちゃんと自分の想いを伝える。
手汗をかいた拳を握りしめて、小さく息を吸ったあと、
「あっ、あのっ!」
「はい?」
振り絞るように発した俺の声に彼女は反応してこちらを見る。誰か分からなかったのか、目を丸くする彼女に俺は問う。
「もしかして……倉橋さん、ですか?」
その一言で、彼女は驚いたように大きく目を見開いて、改めて俺をジッとその瞳に捉えた。
五秒も経過していないだろう。彼女は驚愕の色が拭えない表情のまま口を開いて、
「……柿谷、くん?」
そう尋ね返す姿を見て、彼女は倉橋さんだとすぐに確信を持った。
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