思惑
優奈が模擬店を去った後も客足は途絶えることはなく時間はあっという間に流れていき、シフト終了時間一分まで迫っていた。
忙しさは相変わらずだったが、特に滞りなくこなすことができたと思う。
次のシフトに入る生徒たちが姿を見せ始めて、今のシフトの生徒と入れ替わっていき、時間になったところで俺も交代した。
「おっ。執事様だ」
「おっつー、カッキー」
「おつかれさまー」
更衣室に向かおうと教室を出たところで、軽薄な笑みの斗真と手を軽く振る平野さんと東雲さんが廊下にいた。
「おう。おつかれ」
俺は返事をして彼らに近づいていき、平野さんと東雲さんの横を通り過ぎて、斗真の前で立ち止まった。
きょとんとする斗真に俺は柔和な微笑みを浮かべると、脳天に本日二度目のチョップを繰り出した。
「いっっっってぇーっ!良介っ!何すんだよっ!あとさっき喰らったやつより痛いっ!」
「当たり前だろ。一回目のやつより力強めにしたんだから」
軽く涙目を浮かべて脳天をさする斗真に、淡々と発すると手袋を外してセットした前髪に触れて元に戻す。
繰り出した行動のあとそう答えた俺を見て、平野さんが口を開く。
「あっ、もしかして気づいちゃった?」
「まぁなんとなくだけどな」
答えが確実に合っているとは言わないまでも、今持ち合わせている情報に斗真たちが思いつきそうな考えから予測すれば、大体の方向性は見えてくる。おそらく考えは概ね当たっているだろう。
「俺がチョップ喰らった理由は?」
「斗真がこの計画を立てた主犯だから。こういうの考えるのは大抵お前だからな。それとこの衣装のことギリギリまで隠してたから」
「ちょっと待って。確かに前者は俺だよ。だけど衣装の件については俺じゃなくて平野さんと東雲さんだからね!そこに関してはノータッチだからね俺!」
理由を指を折りたたみながら述べると、半分は関与しているがあとの半分は無関係だと斗真は弁論する。
「二人にチョップできるわけないだろ。これは平野さんと東雲さんの分も込めてということで」
「そんな理不尽な……」
斗真は肩を竦めながら項垂れて、平野さんと東雲さんは苦笑を浮かべる。
すぐに「勘違いしないでほしいけど別に怒ってるわけじゃないからな」と前置きして、
「俺と優奈のこと思ってくれてのことなんだろ。それはすごく嬉しいよ。まぁそれに、こういうのを着て接客するっていうのも中々経験できることじゃないから新鮮に感じたしな。最初は恥ずかしかったけど」
仕事の合間を見て計画やこの衣装の準備も俺たちに気づかれないよう隠れて行っていたのだろう。悪戯心も交えられていたが、それは彼らなりの表現として受け取っていて、感謝している面もある。
「そう思ってくれてくれてるのなら良かったよ」
「わたしはチョップされなかった安心感の方が強いの」
「普通に今も痛いんだが」
「流石に強くやりすぎたかもな。ごめん……てか悪い。もう行くわ」
斗真たちと会話を交えながら時計を目にした俺は、そう言った。
「ん?なんか用事でもあるの?」
「あぁ。先約があるんでな」
優奈とはシフトが終えればまた一緒に回ろうと約束を取り付けている。待ち合わせ場所も話済みなので、もう既に先に待っているだろう。
「みんなも楽しんでな」
これ以上、優奈を待たせないべく急いで更衣室に向かおうとする。
「あっ。そうだ」
最後に言っておかなければいけないことを思い出した俺は、身体をくるりと反転させる。
そして少し離れた先にいる斗真たちに向けて、
「俺、多分みんなが思ってよりもずっと優奈に尽くしてるからな」
それだけ伝えると、それじゃあ。と言って今度こそ更衣室に向かった。
「俺らの考えはお見通しってわけか」
「優奈ちゃんも相当愛されてるね」
「ああいうことをわたしたちの前でさらりと言っちゃうのがカッキーらしいの」
「ハハッ。あいつマジでいい意味で変わったな」
後ろ姿を眺めていた三人は顔を見合わせると、小さく笑いながら呟いた。
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