お嬢様
短めです
「こちらにどうぞ」
俺は優奈を空いていたテーブル席に案内する。
軽く椅子を引いてやると「ありがとうございます」と、腰を下ろす。そして、俺の方に視線を送ると、
「どうしたんですかその衣装。それになんで良くんが接客を?」
「東雲さんに頼まれた」
「結月さんに?」
「あぁ」
本来なら裏方の仕事のはずなのではと、優奈の言葉と驚きを隠せない表情を滲ませていた。
ここを訪れた人はこの衣装姿の俺を見て、大体同じような反応を見せている。だが、そんな反応を示した優奈に、今度は俺が目を丸くした。
「てか、優奈は知らなかったのか?てっきり知っているもんかと」
「いえ。なので結構驚いてます」
東雲さんも斗真もみんなの了承を得ていると言ってたので、当然優奈も知っているものだと思っていたのだが、どうやら優奈はこの事は知らなかったらしい。知らなかったというより、知らされていなかったと見るべきか。
これも斗真たちの思惑なのだろう。
なぜわざわざそんなことをしたのか、その理由が見えてこない。まるで迷宮に迷い込んだようだ。
直前に斗真が理由を言おうとしていたが、ここまでくれば、それ以上理由を話すとは思えない。
東雲さんが優奈の名前を伏せて訪れたことを斗真に伝えて、その理由はなんとなく分かると彼は言った。おそらく優奈がこのことを知らないことにも繋がってくるかもしれない。
「そういえば瀬尾さんは?一緒に文化祭回ってたのかと思ってた」
「初めは一緒に回っていたのですが、ここに来たところで別れてしまって。なんでも急用を思い出したらしくて、わたし一人で楽しんできてと言って……」
「なるほどな」
その様子だと、瀬尾さんは斗真たちから事前に話を聞かされていて、その企てに協力している感じだろう。
「その衣装。とてもよく似合ってます」
「お、おう。優奈にそう言ってもらえたなら良かったよ」
「良くんは白統一も似合いますよね。家やバイトのときとは違った髪型で印象が全然違くてとてもカッコいいです」
「そっか。ありがとう優奈」
優奈は真っ直ぐ瞳を見て褒めると、その目を細めた。
純粋無垢な笑顔を向けて、天使を思わせる声で伝える優奈の言葉には、自己肯定感を高めてくれる不思議な力がある。
心が温まっていくのを感じながら、俺も口元を緩ませた。
色々と気になる理由はあるが、こうして優奈が客として訪れているのだ。彼氏として執事として、今は目の前にいる優奈に精一杯のおもてなしをしなければいけない。
「ご注文はお決まりでしょうか。お嬢様」
≪姫≫と呼ばれている優奈の場合は、お嬢様というよりお姫様と呼んだ方が適切だったかと思いながら、淡い微笑を携え優しげな瞳を向けて尋ねる。
メニュー表に視線を落とした優奈も「そうですね……」と少し考え込んだあと、
「ショートケーキとホットココアをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。お嬢様」
注文を受けた俺は、最後に小さな笑みと会釈でその場を去った。
「――っ」
優奈は両肘を突いて顔を両手で支えたあと、表情を読み取られないように覆って俯き、何度も首を小さく振る。
そんな優奈の耳は赤く染まり、熱を宿していた。
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