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執事の理由

 時計の針が進むにつれて人の出入りが流動的になっていく。

 騒がしさと忙しさが増していっているが、模擬店をやる以上はそれを言い訳にするわけにもいかず、皆できる範囲で迅速に行動していた。


「お待たせしました。こちらシフォンケーキになります」


「わぁ、美味しそう。ありがとうございます」


 俺は笑顔を崩さず、注文の品を丁寧に置いていく。それを受け取った女性客は、シフォンケーキに目を輝かせてスマホを取り出して写真を撮った。


「きみ、わたしらより年下なのに随分大人びてるっていうか雰囲気あるね」


「ははっ。ありがとうございます。こちらご注文のアップルパイになります」


「んっ。ありがと」


「それでは失礼致します」


 俺は軽く会釈してその場を去ったあと、空いたテーブル席の片付けをこなしていく。本当にバイトのホールの要領でよく、身体が自然に動いているという感じだ。


「柿谷くん。また女性のお客さんに声かけられてたよ。しかも年上の人から」


「カッキーモテモテなの」


「見た目いいし接客も丁寧だから、みんながカッキーに興味惹かれちゃうのも分からなくはないよね」


「さっきなんて十歳くらいの女の子にも話しかけられてて、柿谷くんも笑顔で優しそうに話してたもんね」


「年上にも年下にも好かれるとか……というか、柿谷くん女の子の扱いに慣れてる?」


 (おーい。聞こえてんぞー……)


 と、模擬店のメイドたちからは言いたい放題言われる始末。慣れは慣れでも、そこはバイトの接客経験と言ってほしいものだ。

 俺は苦笑を浮かべながら、空いた皿とグラスを裏へと運ぶと、小さく息を吐いて張った肩の力の抜く。


「調子はいかがかな。執事良介」


 そんな声が背後から聞こえた直後、首筋に冷たい何かを当てられて「冷たっ!」と身体を大きく震わせ慌てて振り返ると、「お疲れーっす」と斗真が立っていた。


「斗真なぁ。びっくりさせんなよ。あとその執事良介ってなに?」


「そのままの意味。ほいこれ」


「なんか小馬鹿にされてる感じするからやめろ」


「へーい」


 眉間に皺を寄せながらも、首筋に当てたであろう十分冷えたペットボトルが差し出されたので、サンキュー、と言って受け取る。


「やっぱバイトでホールしてるだけあって、他のみんなより慣れてんな」


「普段そういう仕事をしてるからな。他のみんなより動けなかったら話にならんだろ」


 要領は既に掴んでいるので基本はそれに沿って行動している。

 それに、ここはメイド喫茶で主役はメイド。俺は物語で言えばぽっと出の脇役なので、目立ちすぎず模擬店が混み合って周りが混乱しない程度に上手く立ち回っている。


 斗真から貰った清涼飲料水のフタを開けて喉に流し込んだあと、俺は口元を拭って「ところで……」と話を切り出す。


「こんな衣装用意してまで何企んでんだ?」


 東雲さんはああ言っていたが、それだけでないことは明らか。斗真がこの件に一枚噛んでいることもほぼ確定なので、本当のことを言うか言わないかは別として聞いてみる。


「あー……もうそろそろネタバラシしてもいいかもなぁ……」


 悩ましそうに眉を下げながら、斗真は呟く。

 ネタバラシ、と言う言葉を聞いた俺もまた、首を傾げた。

 数秒ほど悩んだ末に「まぁ時間も時間だしいいか」と斗真は言って、


「良介は人の前に立つ仕事慣れてるし裏方よりそっちの方がいいかなって。実際みんなもオッケーしてくれたし。ってのが理由の一つ」


 と、斗真は人差し指を立てる。

 東雲さんに続いて斗真も同じことを言ったということは、俺がこれを着て仕事をすることをみんなは本当に了承してくれたという認識でいいのだろう。


「これとあともう一つは……ギリギリまで引っ張っておきたかったし、できれば言うつもりもなかったんだけどな――」


 続けて斗真が中指を立ててもう一つの理由を口にしようとしたときだった。


「あっ。いたいた。石坂くん」


 斗真を呼ぶ東雲さんの声が耳に届いて、俺たちは彼女を見る。


「あっ。もしかして来た?」


「うん。今ちょうど来たの」


「オッケー。さて良介。仕事の時間だ」


 東雲さんの回答に親指を立てた斗真は俺にそう伝えると、背後に回って背中を押す。


「おい。なんだよ急に」


「まぁまぁ。行けばその理由もなんとなく分かるって。んじゃ、ちゃんとご奉仕してやれよ。執事さん。東雲さん、あとはよろしく」


「うん。分かった」


 二人間で行われた言葉のやりとりについていけず、困惑する俺は斗真に背中を押されるがままで再び模擬店の表舞台へと押し出される。


「カッキーにはあのお客さんを対応してほしいから、行ってきてほしいの。すぐに行ってほしいの」


「お、おう」


 東雲さんに言われるがまま、俺はそのお客さんの元へと向かう。

 それは綺麗な髪の持ち主だ。毛先まで手入れされていた艶やかな髪は光沢を纏ったクリーム色。

 あどけなさが残った顔立ちは、幾度と可愛いと思ったか数え切れないほど。


 おそらく彼女はその場で少し待ってくれと言われたのだろう。教室内の賑わいを目と耳で感じながら、今度は客としてここに訪れたのだ。


 そして、彼女が現れた俺の方を見て、


「……良くん?」


 呟くように口にした優奈は、クリーム色の瞳を丸くした。

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