執事
「これまた目立つ衣装を用意してくれたな全く」
紙袋から取り出した衣装――執事服を目にした俺は、誰もいない更衣室で呟いた。
用意されていたのは、純白のズボンにジャケットとシャツ。そのシャツの上から着込む灰色のベスト。そして白手袋だった。
見事なくらいまでに白で統一された衣装で、灰色のベストが純白をさらに引き立てるといった感じだろう。手袋を用意しているあたり随分本格的というか。
全身黒ならまだしも対極の白となると、これを着こなすのは相当難しいのではと、思わず眉間に皺が寄る。
ふと、去年の文化祭で着た西洋風の貴族の衣装が頭に思い浮かぶ。いや。それよりも難易度は高めだろうか。
あれはコスプレを楽しむという意味合いだったし、隣には優奈もいて疎外感はなかった。だが今回はメイド服を着た女子の中に、ただ一人純白の執事服を着た男が紛れ込むのだ。良くも悪くも目立つことは間違いないため、そこに関しては一抹の不安は抱えている。
あまりぐずぐずしていてはみんなに迷惑かかるので、早速この日のためだけに作られた衣装に袖を通す。
丈も肩周りも丁度良く、着ていて特に違和感は感じない。改めて彼女たちの技術に舌を巻きながら、ズボン、シャツ、ベストと順に着ていき、最後にジャケットに袖を通していく。
手袋をポケットへしまい、東雲さんが言っていたワックスを手にすると、小さなメモ用紙が貼られていた。
(いくらなんでも抽象的すぎるだろ)
それには『とりあえずみんなが思わず見ちゃうくらいにかっこよくっ!』という言葉と要望が二つほどのみ記載されていて、俺は顔を顰めながらも髪をセットしていき五分後――、
(とりあえず、こんなもんでいいか)
前髪を軽く触れながら鏡に映る自分を見つめる。
要望には応じつつ、それでいて変だと思われない程度には整えたので、あとは周りの反応次第といったところだろう。
最後にもう一度衣装の着こなしに問題ないかを確認してから、制服や使用したワックスはロッカーにしまって少し急ぎ足で教室に戻った。
☆ ★ ☆
「ねぇねぇ見て」
「えっ。どこのクラスの人かな。ちょっとタイプかもっ……」
「あの衣装ってどこかの模擬店のやつかな?」
「でも昨日は、あんな衣装着てた模擬店なかったし、衣装貸し出ししてるところもないよ。ていうかあれって……柿谷くん?」
「だよねだよね。なんか雰囲気がいつもと違くてカッコいいよね」
「ていうか、なんであんな格好してるんだろ」
廊下を行き交う生徒や外客からは視線を注がれて、時折り小言で耳打ちするように話す様子が視界に入る。
(まぁ。これ着てりゃそうなるよな)
生徒は制服やクラスTシャツで、ここに訪れた人たちは私服。昨年のようなコスチュームを貸し出す模擬店がない限り、なんで俺がこんな格好なのかと疑問が生じるのは当たり前。東雲さんからこれを受け取ったときの俺と全く同じだ。
教室に戻っても反応は似たようなもので、生徒や外客は俺の姿を見て瞬きを繰り返していた。
「あっ。おかえりー」
一方で、この衣装を用意した一人である平野さんは、俺の元へと近づいてくると視線を上から落としていき、
「おぉー。いいじゃん」
「そうか。それならいいんだけど」
「服の寸法とかも見た感じ問題なさそうだし、やっぱわたしらの見立てに間違いはなかったね」
自分たちの手柄と言わんばかりに、平野さんは得意げに胸を張った。
さすがに面と向かって似合ってないとは言えないだろう。本当に似合ってるかどうかはお客さんの反応次第だ。
「それで、どこから対応していけばいい?」
俺は周囲の状況を確認しながら、平野さんに問いかける。
「それじゃあ早速、あそこの席にメニューを運んでもらおっかな」
「はいよ」
「一応設定としては、メイド喫茶に突如彗星のごとく現れた爽やか執事ってことになってるから、そのイメージを損なわないように上手くやる感じでよろしくっ!」
「なにそのいかにも後付けみたいな設定。あと相変わらずアドバイスが抽象的すぎる」
さてはあのメモ用紙を用意したの平野さんだな、と俺は肩を竦めながらも「まぁやれるだけやるけどさ」と、白手袋をしてトレンチに乗せられたメニューを受け取り、向かう。
平野さんにお願いされたのは、一番奥のテーブル席に座る二人組の女性客。年齢的には一緒か少し下くらいにだろうか。
同年代の接客ならバイト先でもよく行っているので、特別緊張することもない。
女性客二人と目が合うと、俺は爽やかな笑みを携えながら穏やかな声音で、
「お待たせしました。こちらアイスコーヒーとメロンソーダになります」
すっかり慣れた手つきで、手元に飲み物が入ったグラスを置いていく。
彼女たちは未だ俺の存在に困惑している様子を見せる。
メイド喫茶だと知って入店して注文を取ったのもメイド。なのにそれを運んできたのは執事の格好をした男とくれば、目を白黒させるのも無理はない。
すると、一人の女性が「あ、あの……すみません。ここってメイド喫茶ですよね」と尋ねてくる。
「そうです」
「でも……お兄さんはメイドさんじゃなくてまるで執事じゃ……」
「なんていうか、今日だけの特別サービスみたいなものです。もちろん追加料金はございませんので、その点はご安心ください」
急に頼まれたから、とはさすがに言えない。
適当にそれっぽいことを言って、その場を乗り切る。
「その執事服。とてもよく似合ってますね」
「そう言っていただけると凄く嬉しいです。ありがとうございます」
やっと第三者からの意見が貰えて、その反応を聞いてようやく肩の荷が下りる。
「すぐに残りのご注文のメニューもお持ち致しますので、もう少々お待ちください。お嬢様」
まるで本物のメイド喫茶にいる臨場感を味わってもらうためにお客さんの呼び方は、男性はご主人様。女性はお嬢様と呼んでいる。
最後にそう言って微笑み、踵を返した。
「ねぇ聞いたっ。お嬢様だってお嬢様っ!」
「なんかわたしヤバいよっ!元々メイド喫茶に興味あったから来てみたけど、執事喫茶にもハマりそうっ!」
執事に成りきっての初めての接客は、概ね悪くない反応から始まった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価していただけると嬉しいです。




