それぞれの文化祭
文化祭二日目が幕を開けてから三十分。
腹ごしらえ目的で文化祭を回っている俺たちは、既に三色団子と冷凍フルーツスティックを胃袋へとしまいこみ、今はたい焼きの模擬店で購入したこしあんのたい焼きを食べている。
斗真はカスタードとつぶあんのたい焼きの二つを購入しており、交互に食べ進めては違った甘さが口に広がって幸福に満ちた表情を覗かせていた。
「そういえば真司たちは?」
「真司と純也は知らんけど秀隆はバスケ部の彼女と回るってさ。あいつにしては珍しくはしゃいでたよ」
美味しそうに頬張り、カスタードのたい焼きを全て食べ切った斗真が口元に付いたカスタードクリームを親指で拭って答える。
今年の文化祭も今日で終わり。時間も限られているのだから、回りたい人と回るのは当然だ。それが恋人であるのなら尚更。
「おっと。噂をすれば……」
斗真が何かに気がついた反応を示してにやけ笑いを浮かべる。俺も斗真の向ける視線の先に目をやると、現在進行形で会話で出てきた秀隆と彼女と思われる少女――新島芹香が仲睦まじい様子で教室から出てきた。
二言ほど言葉を交わしたのちお互い微笑を携えて、歩いていった。
「あらあら。あんなにだらしない顔しちゃってまぁ。いつものキリッとした顔はどこにいったのやら」
「お前も瀬尾さんと話してるときは大体あんなのだぞ。あと何気に秀隆の彼女初めて見た気がする」
背丈は秀隆より少し低いくらいで、ボーイッシュな髪型が特徴の少女だ。秀隆と同じバスケ部で激しい運動をするときに邪魔になるから短くしているのだろう。可愛いというよりはクールビューティーな印象を受ける。
新島さんとは、一、二年生共に同じクラスではないので面識は全くない。
「新島さんって部内で結構人気らしかったんだけど、本人は一年の春に秀隆を見たときから一目惚れして以来ずっと想い続けてたんだと」
「そうなのか。まぁ秀隆かっこいいし性格いいしバスケも上手いし惚れるのも納得できるわな」
以前聞いた話だが、秀隆が今の彼女と付き合うまでは誰とも付き合ったことがなかったらしい。
むしろこのスペックでなぜ今まで交際経験がなかったのか不思議なくらいだ。
「いやー。若人が薔薇色の学校生活を送れているようで俺は嬉しいよ」
「誰目線だよ」
遠く小さい背中を温かい眼差しで見つめる斗真に、俺は呆れたように言葉を吐いた。
しばらく廊下を歩いていると、斗真の目が丸くなって、口を開く。
「んっ?あれ純也だよな。女子と一緒に歩いてるぞ」
斗真が遠くを見つめて、その人物がそれが純也であることを確認する。
隣には私服姿の女性が笑顔を向けながら親しげに話していて、純也は対称的に顔を顰めている光景が見受けられる。
一緒に歩いているというよりは、女性が前を歩いて純也が追いかけるように一歩後ろを歩いているようにも見えた。
「あれは……」
その女性がどうも見覚えしかないもので、俺はたい焼きを食べる手を止めてスッと目を細める。
向こうも俺に気がついて視線が合うと、手を振ってバタバタとこちらに走ってきて、純也がその後を追っていた。
「おはよー。良介くんっ」
「奏さん。来てくれたんですね」
「今日はバイトも休みで暇だったからね。そういや純也が今日文化祭あるからーみたいなこと言ってたこと思い出したから」
奏さんの服装はタイトジーンズに白Tシャツと非常にカジュアルな服装で目立たない程度の薄化粧を施している。
唯一違う点を挙げるなら、いつも結んでいる髪を今日は下ろしているくらいだ。
「なんで一緒に?」
「ん?ぷらぷら歩いてたら見かけたから捕まえてね。案内してもらってるんだ」
「案内……」
「何が案内だよ。次から次へと行きたいところにピュンピュン飛んでいきやがって。連れ回されてるこっちの身にもなれってんだ。このバかなで」
「誰がバかなでだ。コラッ」
疲労の色が漂わせた表情の純也が、今まで閉じていた口を開けば奏さんへの愚痴で吐き出されて、奏さんは切れ長な目をキッとさせる。
バイト先では仕事をしっかりとこなして、指導も丁寧で優しく先輩後輩に好かれている奏さんだが、純也だけにはどうも言葉の切れ味が鋭くなるようだ。
それも幼馴染故だからこその、心を許せる相手というのもあるかもしれない。
重く深いため息を吐いてやれやれと言わんばかりに首を振った奏さんが、
「はぁっ。昔はバカだなんて汚い言葉を使う子じゃなかったのに。お姉ちゃん悲しいよ」
「やかましいわ。それに友達の前で昔の話を掘り返すな」
「でもそんな純也にも可愛い時期はあったもので。あっ。そうだ。これは昔、わたしと純也の二人でお化け屋敷に行ったときの話なんだけど……」
「だから掘り返すなって言ってんだろ。仮に掘り返すにしてもなんでここなんだよ。やっぱ奏はバかなでだ。ほら。とっとと次行くぞ。二人ともまた後でな」
「ちょっ!手引っ張るな!あっ。見ての通りわたしたちは楽しんでるから良介くんとお友達くんも楽しんでねー」
爆弾を落とされる前にと純也は奏の手を引いて、人混みの中へと消えて行く。
喧嘩するほど仲がいいという言葉があるが、まさにその言葉を体現していると言ってもいいくらいの、そんなやりとりを見せつけられているようだった。
これまで空気になっていた斗真が「なぁ良介……」と、言葉を発する。
「付き合ってんの。あの二人?」
「俺が知る限りだと付き合ってない」
「あれで付き合ってないっていう方が無理あるだろ」
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