体育祭のある噂
綱引きを四位という結果で終えた俺たちは、総合順位を二位に落とした。
「ただいまより一時間のお昼休憩に入ります。大縄跳びに出場する生徒は、五分前までに入場門に集合してください」
今の時刻は十二時。五分前というのもあるので、五十分にはグラウンドに戻ってきた方がいいだろう。
昼食を取ろうと教室に戻ろうとする生徒たちだが、どことなく足取りが重そうに見える。特に三年生がだ。
「ほらほらみんな!まだ終わってないぞ!」
そんな重い雰囲気の中、団長だけが明るかった。いや、明るく振る舞っていたというべきだろう。
「そもそも去年一昨年なんて四位。最下位だぞ!それに比べたらいい方じゃないか!」
「そうそう!お昼ご飯しっかり食べて午後からの競技も頑張ろう!」
団長に続いて声をかけたのは、副団長を務めている女子生徒だ。長い髪をポニーテールにしてまとめている。
「そうだな」「頑張ろうぜ」と声も上がるが、やはりどこか元気がないようだった。
「あの団長すげぇよな」
そう言ったのは秀隆だ。
「やる気というか、この体育祭に対する想いが強いっていうか」
「確かに。この暑さでダラけるどころかむしろ応援に熱が篭ったもんな。競技もそうだったけど」
真司も同意を示す。
「やっぱり二年連続最下位ってのが本人の中では屈辱で、優勝することでそれを取り返そうとしてんじゃないのか?」
「んー。それもあると思うけどね」
「「おわっ!!」」
突然、話に割って入ってきた声と姿に真司と秀隆は驚きを見せた。黒髪のショートカットの女子生徒である。「驚かせちゃった?ごめんね」と、彼女は手を合わせて言った。
「わたし、三年の日比野って言うの」
「日比野先輩。それもあるってどう言うことですか?」
斗真が日比野先輩にそう問いかける。
その言い方だとまるで、他にも理由があるようだった。
「実はね。この体育祭にはある噂があるの」
「噂?」
「そ。この体育祭を優勝した団の団長と副団長を務めた男女は付き合えるって噂。聞いたことない?」
「いえ。初めて知りました」
そう言う俺に続いて、斗真と真司と秀隆も頷く。
青蘭高校の体育祭の決まりとして、団長は男子。副団長は女子が務めることとなっているらしい。
「団長……島田くんはね。副団長の和泉のことが好きなの。三年のみんなはもう知ってるんだけどね」
聞く話によると、団長の島田郁人先輩は、一年の頃から綾瀬和泉先輩のことが好きだったらしい。
一年生のときに同じクラスになったときに、一目惚れしてしまったそうだ。
だが二人にそれといった接点はなく、特に話すこともできないままズルズルと三年を迎えてしまったようだ。
そのときに体育祭で優勝した団の団長と副団長を勤めた男女は付き合えるという噂を耳にして、進んで団長に立候補。
綾瀬先輩に関しては、友達に協力してもらい副団長をやってもらうように説得してもらったそうだ。本人も快く了承してくれたらしい。
「幸運なことに、和泉はこの噂を知らないらしくてね。事情を知ってるわたしたちからしたら、二人はめでたくゴールインしてもらいたいわけよ」
なるほど。島田先輩はその噂を信じ、こうして頑張ってきたということか。
「だからさ。君たちもできる限りでいいから、島田くんのために協力してあげてくれないかな?」
「もちろんですよ」
「そもそも俺たち、最初から優勝するつもりでやっているんで」
「それを聞いて安心したよ。それじゃあ午後の部も頑張ろうね!」
日比野先輩はにっこりと笑うと、少し先で待っていたであろう友達と合流しに向かった。
「俺、日比野先輩タイプかも……」
真司がうっとりしたような目を日比野先輩に向けていた。真司は自身の頬を手で叩き気合いを入れる。
「よし。優勝したら俺も日比野先輩に告る」
「やめておけ。フラれるのが目に見える。友達待ってるから、それじゃあまた後でな」
「おう」
秀隆は日々の先輩と付き合う妄想で頭いっぱいになっている真司を引っ張っていく。
「俺も梨花待たせてるから先に行くわ」
二人に続いて斗真も校舎へと戻っていく。
体育祭といえど平日の学校。天野さんは今日もあの場所にいるだろうと思い、俺も歩き出した。
☆ ★ ☆
屋上へ足を運ぶと、天野さんがベンチに座っていた。
「悪い。待たせた」
「いえ。わたしも今来たところですから」
遅れてしまったことに謝罪を述べるも、気にしていないという様子を見せる。
しかし俺たちが日比野先輩と話しているとき、瀬尾さんと天野さんは校舎へと向かっていた。少なくとも五分は待たせていると思う。それでもそう言ってくれる彼女の優しさには感謝したい。
「あー疲れたー」
ベンチに座ると、俺は呟いて大きく伸びをする。午前に出場した競技は綱引きだけだったにも関わらずだ。やはり暑さのせいなのだろう。午後からはさらに気温も上がるそうで、少し憂鬱な気分にもなる。
「これでも食べて元気出してください」
最近、学校生活の中で楽しみな時間の一つになりつつある天野さんの弁当。フタを開けると、そこにはいつも通り美味しそうな弁当。だが、普段入っていることのない品があった。
「とんかつ?」
「はい。良くんの家で夕ご飯をいただいたあと、作ったんです」
「ほーう」
俺はさっそくとんかつを口にする。
衣はサクサクで、肉はしっとりで柔らかくジューシーに揚げられていて美味い。出来立てであったなら、どれほど美味しのだろうかと想像してしまうほどだった。
「美味いっす」
そう言って俺はとんかつを頬張った。その姿を見た天野さんは微笑みを見せて、彼女も弁当を食べ始めた。
☆ ★ ☆
「ご馳走様。今日も美味かった」
「そう言ってもらえて何よりです」
十分に満たされたお腹をさすって、俺は持参しているお茶を流し込む。
「それにしても、なんでとんかつ?」
「勝負に勝つっていうじゃないですか」
「ゲン担ぎか」
「リレー勝ってほしいので」
天野さんは表情を曇らせていた。
「前も言っただろう。勝つって」
「でも……」
「だから余計な心配はせずに、安心して見ていろ……優奈」
スッと彼女の名前が口に出た。唐突に名前を呼ばれた彼女は驚いたようにこちらを見るが、
「はい。期待してます。良くん」
優奈は太陽にも負けない弾けるような笑顔をこちらに向けて言った。




