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メイド姫

 文化祭に向けて、準備が着々と進んでいる。

 当日を想定して各クラス、手作りの小道具や予算で購入したであろう大きめの機材などを用意して、配置などを考えていた。


 その点で言えば、去年の出し物として喫茶店を行った経験値が生きてくる。

 当日までに用意しなければいけないものも把握して既に準備は済ませている。あとは当日に起きる予想外のトラブルや不足品が出たときの対応だが、それもなんとかなるだろう。


 トータルで見れば、俺たちのクラスの準備は順調に進んでいると見ていい。


 そんな俺たちは、只今廊下で待ちぼうけを食らっていた。正確にはクラスの男子生徒全員教室から追い出されたような形になっている。

 その理由は――


「おーい。まだかー」


 十分以上廊下で待たされていることについに痺れを切らした男子の一人が、閉まりきった教室にいる女子に尋ねるが、「無理ー」と返事が返ってくる。


 壁一枚を挟んだ向こう側で、女子たちは文化祭当日で着る予定のメイド服に寸法合わせも兼ねて着替えている。

 去年同様、それは手作りで平野さんと東雲さんが主体となって動いてくれた。今年は自分たちが着る正装というだけあって、彼女たちも相当気合を入れて作っていた。


 廊下で待機させられている男子一同は、女子たちが着るメイド服は果たしてどんなものだろうかとそわそわしている。真司も落ち着かない様子を見せていて、秀隆と純也も「どんな感じなんだろうね」程度に楽しみにしているよう。

 それを廊下の隅っこで壁にもたれかかるように立っていた俺と斗真は眺めていた。


「いいよー」


 教室から着替えを終えた女子たちの声がして、「じゃあ入るぞー」と男子生徒がドアに手をかけて開き、俺たちは最後尾で教室へと戻る。


「じゃじゃーん。どう?」


「いいじゃん!めっちゃ似合ってる!」


「つか、これマジで手作りかよ!気合いの入り方凄すぎ!」


「それはそうでしょ!だってわたしたちが着るんだから可愛いものにしないと!」


 と、メイド服を一から作成した手芸部、平野さんがエヘンと胸を張った。


「柿谷くん、斗真くん」


 俺と斗真を呼ぶ声がした方向を向けば、教室の隅に手招きをする瀬尾さんと優奈の姿があって、俺たちは向かった。


「どう……ですか?」


 小首を傾げて尋ねてくる優奈の身体を包んでいるのは、黒を基調とした長袖ロング丈のエプロンドレスは中世風のクラシカルスタイル。フリルは少なめで無駄な装飾がない正統派なデザインは大人っぽく清楚だが、可愛らしさも演出されている。上部を飾るカチューシャは、優奈の幼く可愛らしい顔立ちを一層のこと引き立ててくれている。


「とてもよく似合ってるよ」


「本当ですか?良かった……」


 俺は心から素直な感想を口にすると、優奈の口元が緩んで安堵の吐息をこぼした。


「だから言ったでしょ?天ちゃんは可愛いって」

 

 隣にいた瀬尾さんは、優奈の腕を優しく掴んで微笑みを浮かべて、「ありがとうございます」と優奈も微笑した。


 どうやらメイド服は二種類あるようで、瀬尾さんが着ているのは半袖膝上丈のミニスカスタイル。胸元には赤いリボンが添えられており両手首にはカフスを身に付けて、露出している足元を黒のハイソックスが覆ってくれている。


「梨花もすごく似合ってる」


「ありがと。実はわたしも一度こういうの着てみたかったんだ」


 珍しくテンションが上がっているのか、瀬尾さんはその場でくるりと回転したあとウインクを斗真に捧げると、「写真撮りたい」とへにゃりとした表情で斗真が呟いた。


「手芸部すげぇな」


 見た感じ、洋服の素材もそれなりにいいものを使用しているのだろう。デザインも細部までこだわりが見て取れる。


「実はわたしも洋服作成に少し携わってるんですよ。ここのフリルのところとか」


「さすがデザイナー志望だな」


「まだまだ勉強中ですよ。ともえさんと結月さんにも随分助けられましたから」


 楽しそうに言う優奈は、そっと手を伸ばして俺の小指を優しく掴む。そして俺の方を見て、柔かな笑顔で、


「楽しい文化祭になるといいですね」


「おう」


 もうじき、二度目の文化祭が始まろうとしていた。


☆ ★ ☆


 放課後。

 空を茜色に染めていた夕日が顔を隠そうとしていた頃、とある二人が作業していた。


「できた!」


「こっちもできたよ」


「――よし。上下共に服の仕上がり完璧。あとは中に着るシャツとベスト、それと手袋さえ手に入れられれば……」


「そこは任せて。うちの使用人が使ってるのと同じものを持ってくるから」


「うん、ありがとう」


「でも事前に試着とかしなくても良かったのかな。もし服が小さすぎたり大きすぎたりするなんてことは……」


「それじゃあドッキリの意味がないじゃん。これはわたしたちと彼の三人だけで内密に進めてる話なんだから。それに大丈夫。去年と対して変わってないだろうし、あらかたのサイズ感は想像できるから。それにしても、これまた随分とおしゃれなことを考えたね」


「祝いたいって気持ちもあったからお願いしてきたんだろうけどね。当日にこれ渡したらきっと驚くでしょ」


「絶対驚く。それで最初は嫌がってさ」


「でも理由とか説明したら着てくれそう」


「そうそう。なんだかんだ優しいから」


「喜んでくれるといいね」


「喜んでくれるでしょ。好きな人がこれを着てたら」

お読みいただきありがとうございます。

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