今年の出し物は――
俺たちのクラスの出し物は何にするのか、その話し合いはその翌日まで行われた末に、ようやく決まった。
「おっしゃ!いっちょやったりますか!」
「おう!思い出に残るような文化祭にしてやろうぜー!」
「「おぉーっ!」」
男子たちから発せられた野太い声からは、一切の乱れがなく揃えられていて、強い団結力を感じられる。
そんな彼らを横目に眺めていた俺は、小さなため息を吐いた。
「なんだよ良介。不満か?」
「別に不満じゃないさ。でもさ」
「でも?」
目を丸くして見つめてくる斗真に、俺は黒板のを目を細めて見つめる。
チョークで書かれた様々な案の下には多数決でとった正の文字が追記されている。そして斗真の方を向き直すと、俺は若干呆れたように呟く。
「昨日瀬尾さんが話してくれたんだからお化け屋敷とかジェットコースターとかになるもんだろ。普通は」
昨日、そして今日と多数決で続々と候補が絞られていき、最終的にお化け屋敷とジェットコースターともう一つの三つの案が残ったのだが、最後の多数決の末にお化け屋敷とジェットコースターを退けて、その案が俺たちのクラスの出し物に決まったわけなのだが――
黒板に書かれている大きな丸で囲まれた喫茶店(メイド喫茶)を見つめながら、俺は深いため息を吐いた。
斗真もその結果を目の当たりにして「確かに」と苦笑を浮かべながら、
「まぁでもほら……一応公平な多数決の結果だからな」
「喫茶店は去年俺らやったけどな」
「あれは男女逆転っていうちょっと変則的な出し物だろ。でも今回のは王道中の王道。メイド喫茶だから。それにほら。うちの男子もこれ以上ないくらいやる気を見せてくれてるだろ?結果オーライ」
男子たちがあそこまでやる気を見せていたのは、女子たちが身につけるメイド服姿に心を躍らせているからという動機にしてはあまりにも不純すぎるものだろう。
現に、女子の一部は男子たちの見せるあまりの熱量に若干引いてる様子すら窺える。だがここで出し物を変えようと話を持ちかけると、それこそ彼らのやる気を損ねる可能性だってあり得るので言うに言い出せない。
「悪い。さっきの言葉訂正する。不満はないけど不安はある」
「ほう。梨花の言ってた準備の件に関してなら、現段階なら不安要素は限りなくないと思うけど?」
「違う。去年の文化祭であったトラブルみたいなことが起きたらってことだよ」
俺が最も懸念していたのはそこだ。
去年の文化祭で優奈にちょっかいをかけていた輩がいたことを、俺は忘れていない。あのときは直前からそんな予兆は感じ取っていて警戒していたおかげでなんとか対応できたが、そう何度も上手くはいかない。
それに、メイド喫茶ということは女子が着るのは去年のような執事服ではなくメイド服。つまりスカートだ。
男性客の目を引くのは間違いないだろうし、それ目的で訪れる者もいないとは限らない。当然、去年のような人間も現れる可能性もあるだろう。
「そこは学校側も既に動いてるよ。今年は見回りに動く先生も増員するってさ」
ありがたい限りだよ全く、と斗真は肩を竦めて感謝の意を示した。
去年、実際にそういった事案が発生しているだけあって学校側も相当の警戒はしてくれている。せっかくの文化祭、生徒にも嫌な思いをせず楽しんでもらいたいという思いもあるだろう。
「それに俺もそれなり警戒はするつもり。だって今年は梨花もメイド服着るんだぜ。そんな梨花にちょっかいかけるような輩いたら許さないし」
「まっ、気持ちは分かるけど」
「心配症な彼氏さんだこと」
「それはお互い様じゃねぇか」
俺たちの心配とは他所に、当の本人たちは洋服のデザインはどうしようだとか、とても楽しそうに喋っていた。
☆ ★ ☆
「あー。優奈の筑前煮うんまー」
帰宅したのち、優奈と一緒に夕食の準備をして俺たちは食事を楽しんでいた。
今日は、白米、ねぎと豆腐のお味噌汁、鮭の塩焼き、筑前煮、ほうれん草のおひたしと、和を中心とした献立で、たまにはこういうのも悪くないと思いながらよく噛んで味わっていた。
「良くんが焼いてくれた鮭も美味しいですよ」
「俺のは焼いて味を少し付け加えただけだよ」
いつも通りお互いが作った品を褒めながら食卓を囲む。こういう些細な会話が仲の良い関係を継続できている要因の一つなのかもしれない。
柔らかく煮込まれた鶏肉を飲み込んだところで、「そういや今日の文化祭の出し物の件だけどさ」と話を切り出す。
「まさか優奈がメイド喫茶に一票入れるなんてな」
「驚きました?」
「あぁ。俺はてっきり優奈はお化け屋敷やりたいと思ってた」
優奈がメイド服を着るのだ。当然人気は出るだろうと思いながらも、彼氏としては彼女がメイド服を着て笑顔を浮かべて誰かを接客するのは面白くない。
鮭の身を綺麗に切り分けて、それを口に運んだ優奈。飲み込んだあと、麦茶を一口流し込んで口を開いた。
「実は理由がありまして。去年は執事服でしたけど今年はメイド喫茶なので……良くんにメイド服姿可愛いと思ってもらえるかなって」
頬を赤らめながら上目遣いで優奈ははにかむ。
その一言で胸が熱くなると同時に、優奈も俺のことしか見えていないのだと、なんとも都合の良い解釈をしながら、
「そう言ってくれて嬉しいけど、相手するのは俺じゃなくてお客だからな」
「分かっていますよ。お仕事はお仕事としてきちんとやり遂げますから。でも……」
「でも?」
「他の子に目移りしたら駄目……ですからね?」
「安心しろよ。俺の目には優奈しか見えていないから」
不安げに確認してくる優奈を安心させるように、俺は優しく穏やかな口調でそう告げた。
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