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不安要素

 夏休みが明けてから早週間――


 夏休み明けテストは、俺と優奈はいつもと変わらずこんなものかというぐらいの結果。他の生徒もぼちぼちと言ったところだろう。中には一夜漬けの生徒もいたようで結果は散々だったようだが、それをこと細やかに説明する必要はないだろう。


 そんなこんなで無事テストを終えた俺たちは、只今迫り来たる文化祭に向けての出し物を話し合っている真っ最中だった。


「さてさーて。んじゃまぁ軽くこれがやりたいって案を……」


「お化け屋敷!」


「アート展示会!」


「喫茶店!」


「食い物系!」


「ジェットコースター!」


「演劇!」


 緩く、のんびりとした口調で軽く手を打ち鳴らした斗真がそう言い切る前に、続々と手を挙げた生徒たちが案を出し始める。


(この光景、凄くデジャブったな)


 まるで去年の再現をそのまま見せられているような気がして、俺はこめかみを抑えた。いや、熱気だけで言えば去年を超えているかもしれない。


 去年の文化祭で他クラスや自分のクラスが何をしていて何を楽しいと感じたのか体験した分、今年はより良いものにしたいという熱量がひしひしと伝わってくる。


 教室内はあれがいいだのこれがいいだのと、様々な意見が飛び交っていて騒がしく、そんな彼らを今年も文化祭の実行委員になった斗真が困ったように眉間に皺を寄せながら「まぁまぁ一回落ち着いて」と熱くなっていた生徒たちを宥める。


 その隣では、同じく実行委員になった瀬尾さんが彼らが出した案を丁寧な字で黒板に書き連ねていて、一通り書き終えたところでチョークを置いた。


「うん。分かってはいたけど見事に分かれたもんだな」


 くるりと黒板の方に振り返った斗真が小さく苦笑いを浮かべながら「ここからどうやってまとめますかね」と呟く。


「ごめん。その前に一ついい?」


 そう口を開いたのは瀬尾さんだった。彼女は後方からみんなを助けるのが得意で、自分から意見をするようなタイプではない。そんな瀬尾さんが進んで意見しようとしていたので、この中で彼女のことを誰よりも理解しているであろう斗真が一番驚いていた。


「あぁ。どうぞ梨花」


「ん。ありがとう。単刀直入に言わせてもらうけど、正直わたしは準備に手間がかかるような大規模な出し物は反対。やるべきじゃないと思う」


 瀬尾さんの放った衝撃的な言葉に、教室内が騒めきだす。顎に手を当てた斗真が黒板を見て、綺麗な字で書かれた案を順番に目を通していき、


「大規模……というとお化け屋敷とかジェットコースターとかのアトラクション系が該当するのか?」


「うん。この案を出してくれた人には否定的なことを言って不快な思いをさせてしまったことを謝ります。ごめんなさい」


 斗真の問いかけに頷きつつ、瀬尾さんは該当案を述べてくれた生徒に向けて頭を下げた。否定的なことだけを言えば不穏な空気が流れてしまうところだが、すぐさま謝罪の言葉を出したことで、それは緩和されるだろう。


「あー。えっと……なんでそう思ったのか聞いてもいいかな?もしかして嫌だった?」


 手を挙げたのは出し物はお化け屋敷がやりたいと言った、女子生徒だった。謝ってもらったとはいえ、自分の案をバッサリと切られてしまったことで少し自信を失っているようにも見える。


「ううん。お化け屋敷やジェットコースターのアトラクション系の出し物は凄く魅力的だしとても面白いと思う。わたしのクラスも去年お化け屋敷やっていて楽しかったから。決して嫌だから反対してるんじゃなくてそこは勘違いしないでほしい」


「じゃあなんで……準備が大変だから?それならみんなで協力してさ……」


「多分瀬尾さんが言いたいのはそういうことじゃないと思うぞ」


 遮るように言った俺の言葉に、みんなの視線が俺に集まる。発言を途中で止めさせてしまった女子生徒に俺は視線で謝りつつ、続ける。


「瀬尾さんが嫌だっていうのは準備が大変だから嫌じゃなくて、準備に飽きたり面倒になって仕事を放り出す人が増えていくから、だろ?」


「うん」


 俺が問いかけるように瀬尾さんに視線を向けると、小さく首を縦に振った。


「去年、出し物の準備中に途中で帰った人たちが何人かいてね。もちろん用事とか部活がある人はいいんだけど、文化祭はその日だけが文化祭じゃなくて、準備している瞬間も文化祭だと思うの。最初から最後までみんなで準備しないと、最高の出し物にはならない。もし途中で準備にだらけちゃうくらいに大掛かりなものなら、初めからやるべきじゃないと、わたしは思ってる」


 言いたいことを言いきって、瀬尾さんは小さな吐息をこぼした。教室内が静まり返る中、後ろの席に座っていた女子生徒が、


「その気持ち分かるー。わたしらのクラスも途中で男子が隅っこで遊び始めちゃってさー」


「そうそう。それで注意したら男子が激情して大喧嘩しちゃってさ。そのときマイがー」


「ちょっと!それ言うなし!まぁつまり、わたしもそれくらい熱量を持ってみんなで楽しめる出し物がやりたい。やるからには全力でやらないと」


「ちょっと男子聞いてるー!今年また準備サボって女の子泣かせちゃ駄目だかんねー」


「はぁっ!?そんなの言われなくても分かってるし!去年もちゃんと手伝ってたし!」


「嘘ね。あんた去年、教室の後ろで余り紙で丸めてホウキで打って遊んでたでしょうが」


「事実だからぐうの音もでねぇ……」


 最高の出し物は最高の準備から、ということだろう。確かに大変で面倒な仕事をみんなで乗り越えてこそ、やりきった達成感であったり分かち合える喜びは大きくなるのだろう。


 そう考えると、俺は去年、調達から準備まで馬のように働かされたような気もするのだが、それもまぁいい思い出かと、俺は飲み込んだ。


「ていうか、みんなが最後まで準備に協力できるっていうなら、お化け屋敷やジェットコースターはわたしはむしろ賛成派だから」


 みんなを驚かせるの好きだしね、と瀬尾さんは意地悪っぽく笑う。


「はいはーい。それじゃあ改めてみんなが準備まで楽しめるような出し物考えていこうか」


 再び騒がしくなった教室を斗真が再度まとめて、文化祭の出し物を決める話し合いが行われた。

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