夏休み最終日はお決まりのイベント
月日は流れて八月三十一日。
夏休み最終日。明日から始まる二学期のため、各々が課題の最終確認や諸々の準備を行なっているだろう。
俺も今日はそうするつもりだったのだが――
テーブルには手をつけていないプリントが広がっていて、顔を上げたその先には追い詰められたようにせっせと課題を片付けていく斗真の姿があった。
夏休みも今日で終わりだというのに、課題が終わっていないからといって、昨日斗真が突然泣きついてきて、朝から溜まりに溜まった課題を一つずつ終わらせている。
「なんで最終日まで課題溜めちゃうかな。普通はもう終わらせてるものだろ」
「良介よ。夏休みは遊ぶためにあるんだぜ」
頬杖を突きながら呆れたような目を向けると、斗真は名言っぽくそう言い放ってきたので、俺はため息を漏らした。
ていうかさ、と斗真は走らせていたペンを止めて俺たちに問いかけてくる。
「みんなはいつ課題やってたんだよ」
「暇なとき」
「柿谷くんと同じく」
「わたしもできるときにです」
「暇なときって言うけど、俺には部活が……」
「斗真くん。言い訳をする暇があるなら手を動かしてね」
見苦しい言い訳を並べ立てる斗真の隣で瀬尾さんが顔を険しい面持ちで睨むように見つめると、「はい……」と先ほどの勢いはどこへやら、斗真から弱々しい返事が返ってきた。
そして俺の隣で、その様子を眺めながら優奈が苦笑を浮かべて、瀬尾さんを宥めるように口を開く。
「まぁまぁ。今日中に終わらせばいいんですよ」
「幸いにも残ってるのは基礎的な問題ばかりだからな」
俺は目の前に置かれていた一枚のプリントを手にとる。解答欄には一切文字が書かれておらず言葉を失ったが、全体的に難しい問題ではない。
文句を垂れながらも今のところは順調に片付けられているので、これなら今日中に終えることができるだろう。
「良介。一つ頼みがあるんだけど」
目をキラキラとさせた斗真が俺に話しかける。
わざわざ俺の家にまで訪れて課題をやっているのも、俺に頼み込めば何だかんだ文句を言いながらも救いの手を差し伸べてくれると思ったからだろう。実際これまでもそうだったし。
そう言われたと同時に、俺は視線だけを瀬尾さんに向ける。何かを発するわけでもなく、ただ満面の笑みを浮かべているが目はまるで笑っていなくて、察してと強く念を押されているようにも見えた。
「やらなかった斗真が悪い。自分で蒔いた種は自分で刈り取れ」
「うぅー」
きっとここで手を差し伸べたら俺にまで飛び火が飛んでくる。俺に向けて伸ばした手が払い除けられて、斗真は小さく唸り声を上げた。
「ほら。もう少しで終わるんだから頑張って」
瀬尾さんも表情を柔らかいものにして、課題に苦しむ斗真に勇気づける一言を送る。
心なしかペンを動かす速度が上がったようにも見えて、つくづく単純で扱いやすい親友だなと思う。それも瀬尾さんだからできる芸当であると思うが。
時刻も昼時に差し掛かろうとしていた頃。
それまで静かに見守る姿勢を貫いていた優奈がさてと、と椅子から立ち上がる。
「わたしはそろそろ昼食の準備を始めますね」
「俺も手伝うよ」
俺がいても、正直何もやることがないような気がする。斗真も何かあれば俺にまた助け舟を求めてくる可能性だってあるし、それなら斗真の背後で優奈と昼ご飯の準備をしていた方がいい。斗真も余計なことを考えずに集中できるだろう。
「特別に昼飯の要望を聞いてやる。何が食いたい?」
「カレーが食いたい」
「了解」
斗真の要望を聞いた俺と優奈は、早速準備に入る。瀬尾さんもつきっきりで、斗真に付き合ってあげていた。
その後、なんとか斗真を取り巻く夏休みの課題を終えることができ、無事安心して二学期を迎えることができるようだった。
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