姫との戯れ
「それっ!」
「ちょっとどこ飛ばしてるのよ!」
食事を終えると、遊びたくてウズウズしていた真司や平野さんたちは持参してきたビーチバレーボールで遊んでいた。斗真と瀬尾さんも、水辺でしゃがみ込んではお互いに楽しそうに笑みをこぼしていて、各々がこの時間を満喫しているようにも見える。
そんなみんなを俺は木陰で椅子に深く腰掛け食休みをしながらぼんやりと眺めている。少し調子に乗ってしまい食べ過ぎてしまい、今はあまり動きたくない気分だ。
「隣いいですか?」
声が聞こえた方へ顔を向けると、優奈が俺のすぐ近くにいて「もちろん」と返せば、携えていた笑みをさらに柔らかいものへと変えて、俺の隣に折りたたみ椅子を広げてちょこんと座った。
「良くん。お茶飲みますか?」
「あぁ。いただこうかな」
優奈は水筒のお茶をコップに注いで、俺に手渡した。口にした麦茶は程よい冷たさで口と喉を潤してくれる。
プハっと飲み干した俺は、口元を拭って優奈に優しい笑顔を見せて言った。
「美味しいよ。ありがとう。優奈は本当に気が効くな」
「ありがとうございます。そろそろ良くんの喉が渇いている頃かなと思って」
「そういうのって分かるものなの?」
「それはもう一年以上も一緒にいればなんとなく分かりますよ」
「ハハッ。すげーな」
そのうち俺の心の中まで読まれるのではないかとも思ってしまう。隠し事をしていても優奈は俺を一目見ただけで言い当ててしまいそうな。
「……それはそれでいいかもな」
「何かいいました?」
「いや。なんでもない」
優奈の追求を逃れるべく俺は視線を逸らす。
学校でも家でも遊ぶときでも一緒の時間を過ごしていれば、未来予想図を描くなというほうが無理な話である。
将来は優奈に尻を敷かれたいと思っている自分もいて、多分それが一番幸せに思えるんじゃないかとすら考えている。実際、最近は大抵のことは優奈の主導のもと行動していて、俺はそれに従っているだけ。それが苦痛と感じたことはないし、むしろそっちの方が楽だとすら感じている。
もちろんそれに甘えることなく、俺自身これからもっと勉強やこれからのことについても頑張らなければいけないのだが、隣に信頼できる人がいて寄りかかることができることはこれでもないくらいの安心感を与えてくれる。それがどれだけ心強いことか。
「良くん。もう少し休んだらわたしたちも少し遊びませんか?遊ぶというよりここを少し散歩したいというか」
「いいよ。それじゃあ十分後くらいに適当にぶらつくか」
☆ ★ ☆
俺と優奈は、斗真たちから少し離れた水辺を手を繋ぎながら歩いていた。
俺たちを囲む山々の木々がのどかな風に吹かれて葉擦音を奏でている。
「気持ちいいですね……」
「自然の力をそのままもらえる気がするな」
やがて俺たちは足を川の中につける。
ジャバジャバとその場で足踏みをしたり、もう少し奥の方に進んだり遊んだりしていると、
「きゃっ!」
「よっ……と」
石に滑って転びそうになっていた優奈の背に手を回して、こちらに抱き寄せる。
「優奈って完璧そうに見えて、案外抜けてたり少しドジっ子だったりするよな」
俺がそう言って微笑むと、優奈がフグのようにぷくっと頬を膨らませる。そういうところも可愛いんだけど、と付け加えれば恥ずかしそうに頬を染めるも、上目遣いで俺を見た。
「普段は皆さんの視線もありますから気を張っていますけど、良くんの前だと安心して気が抜けちゃうんですよ」
「そう言ってもらえると彼氏冥利に尽きるなぁ」
優奈は皆から尊敬や羨望の眼差しで見られていることを知っている。だからこそ自分はそれに相応しい振る舞いをしなければいけないと、自然と肩肘に力が入ってしまっていたのだ。
だからこそそう言ってもらえるのが何よりも嬉しいし、俺も優奈を支えられるように頑張りたいとそう思える。
「……良くん」
「ん?」
「ちょっと顔が近いです……恥ずかしい」
「いつもは優奈からくっついてきてるのに?」
「それは家にいるからで外だと皆さんの目が……」
俺たちの顔の距離はもう十センチないほどで、もう少し近づけば触れ合えてしまいそうなくらいの距離。恥ずかしがる姿を見せる優奈が愛おしく思うと同時に、少し意地悪だってしたくもなる。
「俺は今したいんだけど?」
「だ、だから今は外なのでダメです。家に帰ってから……」
「ごめん。もう我慢できない……」
優奈の綺麗な顎を上げて、俺は顔を近づける。
抵抗しようにも、背中に腕を回されているので優奈は身動きが取れない。やがて俺を受け入れるように、優奈はそっと目を閉じて唇を差し出した。
距離は少しずつ近づいていき、優奈の唇と触れた。
「……?」
唇の触れた感触に違和感を覚えたのか、優奈は目を開くと、俺の人差し指が目に入った。
やがて俺の人差し指にキスをしたのだと理解した優奈は見る見る顔を赤くしていき、
「り……」
「り?」
「良くんのバカー!」
斗真たちにも聞こえそうなくらいの大声で叫んだ優奈は、俺を川へと突き飛ばした。
「ブハッ!水冷た!」
「か、からかいましたね!せっかく恥ずかしい思いまでして目を閉じたのにからかうなんて……」
優奈はぷりぷりと怒りを露わにする。俺は慌てて申し訳なさげに謝罪の言葉を口にする。
「わ、悪かったよ。まさかそんなに怒るなんて……」
「もう怒りましたからね!良くん今日の夜ご飯は抜きですから!」
「ちょっ!それはマジで勘弁してくれよ!あと水かけんな!つめてーんだから!」
「冷たい水でも浴びて少しは反省してください!」
その後、優奈の機嫌が収まるまで水掛け攻撃を俺は浴び続けることとなった。
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この度新作、マンションに引っ越してきたのは学園の高嶺の花でした 〜気づかぬうちに手のひらで転がされていた〜
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平凡な少年祐馬と令嬢で学園の高嶺の花である麻里花との甘々青春ラブコメとなっております!
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