帰省最終日
着替えを済ませてリビングへ向かおうとすると、野菜と味噌のいい香りがしてきた。
「おはよう」
キッチンには味噌汁の味見をしていた母さんが立っていて、俺の姿を見ると笑顔を見せる。
「おはよう。昨日は結構飲んでいたんだろ?二日酔いは大丈夫?」
「見ての通りピンピンしてるわよ。昨日はそこまで酔っていないしね。もうあんな無様な姿を晒す母さんはもういないわ」
母さんは得意げに胸を張るが、むしろそれが当たり前なのではと思う。
あのときは久しぶりに飲んだことに加えて、希美さんたちがあの場にいたことで気分が高揚して飲みすぎたのだろう。
昨日は馴染みのあるメンバーということで、程よくお酒を楽しんでいたようで母さんの言う通り二日酔いに苦しんでいる様子はない。
なぜ味噌汁を作っているのかと言うと、「お酒飲んだ次の日は無性に味噌汁が飲みたくなるのよね」とのこと。
程なくして優奈も降りてきたので、椅子に座って食卓を囲むと、朝食を食べ始めた。
「昨日の夏祭りは楽しかった?」
母さんは味噌汁をズズッと啜ると、俺と優奈に尋ねてきた。こんがりと焼けたパンにブルーベリージャムを塗ってそれを一口齧っていて、ごくりと飲み込んだ俺は、
「まぁ楽しかったよ」
「わたしも楽しかったです。いろんなものを食べたり遊んだり花火を見て、とても有意義な時間を過ごせました」
「そう。二人とも楽しんでくれたのなら良かったわ」
淡々と答えた俺と口元を綻ばせた優奈を見た母さんは嬉しそうにうんうんと頷く。
「そういう母さんも昨日は楽しかったんじゃない?」
「とても楽しかったわ。やっぱりお酒飲みながら眺める花火は格別ね」
まさに大人の嗜みというものだろう。じわりと暑さが残る夏の夜。打ち上がる花火を見上げながら冷たい飲み物を流し込む。中々に風情があって話を聞く限りだととても楽しそうだ。
「あ、話は変わるんだけど友達が屋台を見て回ってる最中に良介を見たって言ってたの。隣に可愛い女の子を連れてたって」
「あー。そりゃ見られるわな」
夏祭りなのだから地元の人間は集まってくるだろう。俺が気づいていないだけで小中時代の同級生だっていただろうし、母さんの友人とだってすれ違っていただろう。
「その後はわたし色々質問されちゃって。『あの子誰!?』とか『付き合ってるの!?』とか。みんなお酒入ってたからもう大盛り上がりしちゃった」
「それで、母さんはなんて答えたの?」
「普通に良介の彼女さんって」
俺は思わず安堵の息を漏らした。また変なことを言いふらしてしまったのではないかと思ったのだが、優奈を彼女と紹介するくらいなら全く持って問題ない。
「楽しそうに手を繋いで歩いてたから仲良さそうねーって」
「そりゃそうだろ。好きだし付き合ってるんだから」
パンをひと齧りして母さんを見ると、ほー、と嬉しそうにニヤニヤとしてこちらを見ていたので、視線を逸らす。隣に座っていた優奈はパンを食べる手を止めて唇を結び、恥ずかしそうに俯いていた。
なにを照れてるんだ、と思ったが彼氏の母親の前で、彼氏が真っ直ぐにはっきりと自分のことが好きと宣言されたのだからそれは恥ずかしいかと少し申し訳なく思ったが、閉じていた唇はほんの僅かに綻んでいたのが見えたので、まぁいいかと思いながら俺は朝食を食べ進める。
「今日で二人は帰っちゃうんだから、今日の夕食は色々と豪華にしちゃおうかしら」
「いいね。せっかくなら俺も手伝おうかな」
「わたしもお手伝いします」
「ありがと。それじゃあ三人で作りましょうか」
帰省最終日はとても賑やかなで楽しいものになった。家で咲かせた俺たち三人の笑顔はこの先もきっと忘れることはないと、俺は強く思った。




