朝の戯れあい
朝の目覚めでまず最初に視界に入ったのは、目の前で無防備な寝顔を見せる優奈だった。
部屋には過ごしやすい程度の冷房が効いているのだが、身体を縮こませて眠る優奈は意識を手放す前と同じように、俺の近くにピタリと寄り添っていて離れない。
パステルカラーの長ズボンと六部袖の前開きシャツを身につけ薄い毛布を被っていたが、もしかして寒かったのかな、と俺はうつ伏せになって頬杖を突きながらぼんやりと優奈の寝顔を見つめた。
眠っている優奈は俺の腕に触れると、穏やかな寝息をたてる。彼女の頬に手を伸ばすといつもより少しひんやりしていた。
やはり寒かったようで、横向きになって肘で頭を支える体勢をとると起こさないように優しく抱きしめる。
俺は比較的に体温が高いので、優奈の体温はとても心地よくて気持ちいい。優奈も安堵しているようにも見えた。
しばらくすると閉じていた瞼を開いてクリーム色の瞳を見せた。ゆっくりと顔を上げると俺の顔がすぐ目の前にある。
「おはよう」
「おはようございます……」
「よく眠れた?」
「はい。とても……」
まだ眠そうな目を浮かべてこちらをぼんやりと眺めてきたので優奈の頭を優しく撫でると、惚けた表情を滲ませて胸元に顔を埋めてきた。
「良くんはとても暖かいですね。ポカポカしてます」
「優奈もひんやりと冷たくて気持ちいいぞ。もしかして昨日寒かったか?」
「まぁ少しだけ……」
「じゃあ言ってくれれば良かったのに」
「ここは良くんのお部屋ですから。わたしの要望に答えてもらって逆に良くんが寝付けなくなるのは困ります。それに……良くんにくっつく口実ができましたから……」
見上げた優奈は口元をへにゃりと緩ませて微笑んだ。まったくなんて可愛いことを言ってくるんだ、と思いながら髪を掻き分けて露わにした額に触れる程度の口づけを落とした。
口づけをされた優奈は目を瞑っていて、離れるとゆっくりと瞼を開くとはにかんだような笑顔を見せる。
「良くん。少し顎引いてもらえますか?」
「ん」
言われた通り顎を引くと、優奈はモゾモゾと動いてきてお返しにと額に口づけをする。一瞬だった俺のものとは違って、五秒ほどの長い口づけ。
唇を離すと優奈の漏れた吐息が耳元にかかって思わず身体を震わせた。
その微細な変化に気づかないわけがない優奈は小悪魔のような笑みを覗かせて、指先で一直線の線を引くように鼻、唇、喉筋、胸元へと指を這わせた。
「優奈、くすぐったい……」
「ふふっ。良くんは色々弱い部分が多いですね」
「それ優奈が言っちゃうかな?優奈も色んなところ敏感なくせに。例えばこことか」
「ひゃっ……ん」
優奈の首筋を愛でるように撫でれば、甘い悲鳴を漏らす。もちろん逃げられないように身体を抱き締めているので、優奈は身動きがとれずされるがままになっている。
「弱い部分を見せたのはお互い様、だろ?昨日はそのまま寝ようと思っていたのに優奈が悪戯してくるから……」
「だって昨日は……本当に良くんに触れていたかったんだもん……」
「いいよ。そのおかげで色々と知ることができたから。あと優奈がめっちゃ可愛かった」
優奈は途端に顔を赤く染めて唇を結ぶ。胸元に顔を埋めるとポカポカと軽く叩いてきた。
そんな優奈の頭を撫でるたびに愛おしさが溢れ出てきて、優奈、と名前を呼ぶ。
「キスしたい」
胸元に顔を埋めている優奈に伝えると、小さく首を縦に振った。俺は優奈の顎に手を触れて、持ち上げる。綺麗な瞳を見つめると、彼女はゆっくりと瞼を閉じた。
徐々に優奈の潤んだ唇に近づいていき、重ねた。触れただけの優しい口づけだったが、今の俺たちには充分すぎるほどに効果はあって、離すと優奈の頬は桜色に染まっている。
「朝のキスって、少し照れちゃいますね」
「そうだな」
お互いに身体が火照っていることは、抱きしめあっていてすぐに分かった。鼓動がうるさく鳴り止まない。それと同時に幸福感が満ち満ちているのを感じる。
もう少しこのままでもいいかな、と思いながら優奈を抱きしめていると、コンコン、と優しいノック音がドアを叩く。
「おはよう。もう起きてるかしら?」
「うん。ついさっき起きた」
むくりと身体を起き上がらせて、ドアの向こう側にいる母さんと会話する。優奈は少し深めに布団に被った。この状況を見る限りだと母さんに何を言われるか分かったものではない。入ってこられると一目瞭然だが、これはせめてもの抵抗だ。
「そう。朝ごはんできているから、下に降りてきてね」
そう言うと母さんは去っていって、階段を降りていった。俺は布団の隙間から顔を覗かせている優奈と顔を見合わせて安堵したように笑い合う。
「そろそろ起きようか」
ベットの上で触れ合っていたかったが、着替えとか色々準備もしなければいけないだろう。
「そうですね。でもその前に……」
優奈は身体を起こすと身体を近づかせる。
柔らかい感触が全身に包み込み、甘い香りが一気に広がる。しばらく俺に抱きつくとゆっくりと離れてはにかんだ。
「帰ったら……今みたいにたくさん甘えますから覚悟しておいてくださいね……」
行きますね、と俺の横を通り過ぎて部屋を出る直前にもう一度微笑むと、部屋へと戻った。
「……可愛いかよ。マジで」
抱きしめられたときの押し付けられた感触がいつまでも身体に残っていて、せっかく収まっていた鼓動が再び鳴り始めて、どうしたものかと頭を悩ませた。




