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花火よりも美しい姫の横顔

 その後もお祭りを見て回り、気がつけば花火が打ち上がる十五分前になっていた。

 

 それぞれ花火を見るため見やすい場所に移動を始めている中、俺はたこ焼きを購入していた。

 無論、優奈と花火を眺めながら食べるためである。十二個入りの一番多いものを購入すると、俺たちも花火を見るために移動する。


「ここはもうほとんどの場所がとられちゃってますね」


 優奈が辺りを見渡して、小さく呟く。

 用意されていた椅子は全て埋まっていて、見晴らしの良さそうな場所も抑えられている。

 優奈は若干不安そうな表情を覗かせていた。


「大丈夫。とっておきの場所があるんだ」


 昔、家族と行ったときに父さんが教えてくれた穴場スポット。ここから少し歩かなければならず、もう何年も経っているので誰かしらいるかもしれないが、人が密集しているこの場所で花火を眺めるよりは、ずっといいだろう。


 俺は優奈の手を引いて参道を歩く。

 お祭りの会場から少し離れしばらく歩くと、やがて石階段が現れる。この階段を登った先に、花火が綺麗に見えるスポットがあるわけだ。


「ここは歩くの大変だからな。ゆっくり歩こう」


 この階段は少し急で登りづらい。浴衣と木下駄を履いているのだから尚更だ。俺が先導する形で、優奈の手を引いて登っていく。


人声は聞こえず、風に揺らめく木々が触れ合う音だけが響いて心地よい。長い石造りの階段を登り終えると、静かで薄暗くい空間が広がっていた。


「着いた」


 ここは地元に唯一ある神社。年始は多くの参拝客が訪れるらしいが、俺はここで参拝したことはない。


「ここなら、静かに花火を眺められるだろ」


 周辺に視線を配るが、人の気配はなく俺たちだけなようだ。眺めがいいのにここに人が集まらないのは祭り会場から少し離れているというのと、さっきの石造りの階段を登るのが大変だからだろう。


 石階段に腰を下ろすと、さっき購入したたこ焼きを取り出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 それぞれ爪楊枝でたこ焼きを刺して、早速口にする。


「あふっ。あふっ」


 出来立てのたこ焼きは、ここまで移動しても尚熱くて、俺は空気を取り込みながらたこ焼きを食べる。


 外の生地はカリッとしてて中はふわふわ。

 バランスよくかけられたソースとマヨネーズがたこ焼きにアクセントを付け加えている。そしてメインのタコは肉厚で歯応え抜群。こうして本物のたこ焼きを食べると、文化祭で食べたものはどうしても劣ってしまうな、と思ってしまった。


「やっぱたこ焼きは夏祭りに食べてこそ一番美味く感じるよな」


「その場の雰囲気はご飯を美味しくさせる秘訣の一つですからね」


 優奈も美味しそうにたこ焼きを頬張り頬を緩ませながら二個目のたこ焼きに爪楊枝を刺す。

 そんなに気に入ったのかな、と思っているとそのたこ焼きを俺の口元まで持ってきた。


「ここなら、誰も見ていませんよ」


「あんな人前でやられたから、もう慣れたよ」


 人目のつくプールでかき氷を食べさせられたので、誰もいないこの静かな空間なら緊張することはない。

 大きく口を開くと、優奈はたこ焼きを口の中に入れて俺は咀嚼する。


「一個目よりも美味いな」


「ふふっ。味は変わっていませんよ」


「それじゃあお返し、だ」


 今度は俺が、優奈にたこ焼きを食べさせる。

 口の前まで持ってきてやると、優奈も一口でたこ焼きを口に含んだ。


「良くんの言った通りですね」


「そうだろ?」


「それじゃあ……食べさせ合いっこでもしますか?」


「優奈がいいなら、俺はそれがいい」


 俺たちは残りを互いに食べさせ合う形で、たこ焼きを胃袋の中にしまった。


 ゴミを一つにまとめると、買っておいたオレンジジュースを優奈に手渡す。俺は天然水を喉に流し込む。


 花火が始まるまでの間、俺たちは指を絡めながら星を眺めていた。時折り、優奈は手の甲をなぞってくるのでくすぐったく、肩が触れ合った。


「どうだった?祭りは楽しかった?」


「はい。とても楽しかったです」


「そうか。そう言ってくれて、俺も嬉しいよ」


 俺も久々にこのお祭りに訪れたが、とても楽しかった。いろんなものを食べて、遊んで、これから優奈と花火を眺めることができるのだから。


「……良くん。気を悪くさせるかもしれないのですけど、一つ聞いてもいいですか?」


「ん?」


「良くんが今までこのお祭りに行かなかったのって……」


 申し訳なさそうに尋ねる優奈。彼女を安心させるために俺は淡く微笑んだ。


「うん。優奈の思っている通りだよ。やっぱ地元のお祭りだと小、中の同級生と出会しちゃうからな。それで自分から避けてた」


「もしかしたら、今日のお祭りにだって……」


「あー。どうだろうな。もしかしたら来てたのかもしれないな。別に気にはならなかったよ」


 俺はから笑いする。

 色々あった小中時代だった。彼らの目が気になって、今までこのお祭りには顔を出す気にはなれなかった。


 でも今は違う。

 古畑の件も、担任の件も。俺なりにケリをつけた。そう思ったら自然と気にならなかった。

 もちろんそれ以上に、優奈と回る夏祭りが本当に楽しかった。彼らを気にする暇なんてなかったのだ。


 ヒューと空に光るものが打ち上がる。

 それはやがて赤色の大きな大輪を咲かせた。


 話しているうちに花火の時間になったようで次々と花火が打ち上がる。青、黄、緑、複数色の花火が夜空に咲いていく。


「綺麗……」


 まるで目を奪われたかのように、咲き誇る花火を見つめて、その目に焼き尽くさんとしている。


「あぁ、そうだな」


 俺たちの会話はここで止まり、お互い花火に目を向けて耳を傾ける。途中スマホを取り出してムービーで花火を撮ったりした。


 ラストとなる何発もの黄金色の花火が夜空に散ったところで、花火は終わりを迎えた。

 そして僅かにアナウンスの声が聞こえる。おそらく夏祭りの終わりを告げるものだろう。


「凄く、綺麗でしたね」


「優奈の横顔の方が綺麗だったよ」


「もうっ……」


 顔を見合われば、笑い合って優奈は俺に寄り添ってくる。もういいだろう、と俺は優奈の頭を撫でてやると、ふやけきった笑顔を向けた。


「また来年、一緒に観に行こうな」


「はい。約束ですよ」


 そう言うと、俺たちは小指を絡めて指切りげんまんする。

 お祭りはとっくに終わったというのに、その余韻に浸るように俺たちはその場からしばらく動くことなく、俺は優奈の頭を撫で続けた。

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