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姫と射的

 賑やかな参道を歩いていると、行き交う人たちからの視線が優奈に集中する。


 清楚で麗しい可憐な少女が浴衣を身に纏って歩いている。周りの視線を惹きつける美貌と存在感、質素だが柔らかさと気品を与える浴衣に身を包むその姿はまさしく浴衣美人に相応しい。

 男性からは見惚れるかのような熱い眼差し、女性からは羨望の眼差しを向けられている。


 誰もが羨む美少女の隣に、手を繋いで仲睦まじく歩いている男がいるのだから、必然的に彼らの怒りと嫉妬と嘆きを込められた矛は、毎度のようにその男――俺に向けられる。


 が、俺たちはそんな視線は受け流して、夏祭りを楽しんでいて、とある屋台に顔を出していた。


 鉄板に並べられている肉がジュージューと油をはねらせる。相当いいものを使用しているのだろう、程よく焼き上がった肉は香ばしい匂いを漂わせる。


「おつかれ様です。谷口さん」


「こんばんは」


「おぉ!誰かと思えば良介と優奈ちゃんか!お祭りは楽しんでいるかい?」


 その屋台の店主――谷口さんに声をかけると、顔を上げて俺たちが来たことに嬉しそうに笑った。


「楽しんでいますよ」


「そうかそうか!浴衣美人を隣に連れて歩きゃそりゃ楽しいわな!羨ましい限りだねぇ」


 ハハハッ!、と谷口さんは周りに聞こえるぐらいの大笑いをすると続けて、


「他にもいろんな屋台があるから、今日は目一杯楽しんでいきなさいな。終わりには花火も打ち上がるから」


「えぇ。今日は終わりまでいる予定ですから」


 お祭りのラストを飾る打ち上げ花火は二十時から始まる。時刻は六時二十分を表しているので、別の屋台を見て回る時間は充分にある。


「ところで良介。以前の件なんだが……」


 谷口さんが突然、神妙な面持ちで話しかける。以前というのは古水さんの一件しかあり得ない。前日からずっと気にかけてくれていて、細かい詳細などは一切伝えていなかった。


「心配しなくても大丈夫ですよ。もう吹っ切れましたから」


「そうか。なら安心だ……って悪い悪い。長話をしすぎちまったな」


 晴れやかな表情を見て、谷口さんも安心したように息を吐いて表情を柔らかいものにすると、トングで焼きあがった肉を皿に盛り付けて、割り箸と一緒に渡す。


 ありがとうございます、と伝えると、商店街で見せるいつもの笑顔を向けて、俺たちは屋台を後にした。


 ☆ ★ ☆


 お肉を美味しく味わった俺たちは射的の屋台に出向いていた。

 近くを通りかかると、「射的やりたいです」とクリーム色の瞳を輝かせながら、繋いでいた手を軽く引っ張ってきたので、俺は快く了承して足を運んだのだ。


 棚にはお菓子におもちゃにぬいぐるみ。そしてゲーム機などなど。子供たちは目を輝かせながら、欲しいものに照準を合わせてコルク弾を放つも外れるか、命中しても景品が棚の後ろに倒れないで、欲しいものが手に入らず肩を落とす姿が見受けられる。


 順番が回ってきて、台の前に立つと店主の人がコルク銃と弾を持ってきた。一回につき五発なので、一発も無駄にはできない。


「良くんは射的得意なんですか?」


「可もなく不可もなくかな。でももう何年もやってないし。優奈は?」


「わたしは数える程度しかやったことないので、あまり自信がないですね」


 俺は景品を見渡すが、特に心惹かれるものは見つからない。


「優奈。何か欲しいものってある?」


 そうなると、優奈が欲しいものを一緒に狙ってあげるべきだろう。

 そうですね、と言葉を漏らして棚に並んでいる景品たちを見つめる。


「あれが欲しいです」


 優奈が指差した方向には、パンダのぬいぐるみがあった。可愛らしいデフォルメで作られていて、家に置いても邪魔にならないサイズ感。ぬいぐるみ好きの優奈が欲しがるのも納得がいく。


「ん。了解」


 俺は頷いて、コルク弾をセットする。


「それじゃあお嬢さん。頑張ってね!」


 店主さんの言葉が響くと、優奈はコルク銃を持つ手を目一杯伸ばす。目を細めながら照準を合わせて一発目を放つが、惜しくもぬいぐるみの左に外れた。


 続いて俺が、腕を伸ばしてコルク銃を撃った。

 コルク弾は命中したが、微動だにしなかった。


 その後も二発、三発、四発と失敗して残りあと一発。優奈の放ったコルク弾は命中して一瞬ふらついたが倒れるまでにはいかず、優奈はシュンとした表情を浮かべた。


「さぁあと一発!彼氏くん頑張って!」


 店主さんの言葉に苦笑いを浮かべながらも、俺は弾をセットして、手を伸ばす。


 狙うは顔部分の上段。狙いを定めてコルク弾を打つと、狙い通りの場所に命中。パンダのぬいぐるみの体重が後ろに傾いて、棚から落ちた。


「おめでとうございます!こちら景品です!」


 その店主は落ちたパンダのぬいぐるみを拾い上げて俺に渡したので、次の人の邪魔にならないよう、この場を去った。


「ほら、優奈」


優奈に景品のパンダのぬいぐるみを手渡せば、優奈は満面な笑みを見せて、離さないように両手でギュッと握り締めていた。


「ありがとうございます。獲ってくれて」


「おう。また優奈の家にぬいぐるみが一匹増えたな」


 獲れるまでやろうと思っていたのだが、最後の最後で獲ることができて良かったと、優奈の溢れる笑顔を間近で見て、心の底からそう思えた。

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