甘すぎる綿あめ
俺たちが会場に辿り着いたときには、既に熱気に満ち満ちていた。
石畳でできた参道には多くの屋台が立ち並んでいる。子供向けなお菓子から年代問わず人気食、そして大人のみが味わうことを許されている黄金に輝く液体まで、とにかく色んな屋台が見受けられる。
夕陽が徐々に沈みゆくなか、この会場を照らすは風に揺らめく提灯。それは至る所に吊るされていて、赤、黄、緑、青と煌々しい輝きを放っていて、スマホを向ける人たちも多い。
御神輿なども見られたらもっと盛り上がっていたのだろうが、ここの祭りはそれほど規模の大きいものではない。
履く機会がない下駄も少しずつ慣れてはきたのだが、速度もいつもよりだいぶ遅い。
「人思ったよりいるし、盛り上がってんなぁ」
「とても賑やかですね。お祭りって感じがします」
俺たち以外にもこのお祭りに訪れていた足を多くいて、これから訪れる人も多くいるだろう。熱気は冷めるどころか、さらにその熱量は高まっていくに違いない。
「人の流れも早いから、はぐれないようにしないとな」
「はぐれたとしても、良くんなら見つけてくれるって信じてますよ」
「この人混みから優奈を見つけろってのは流石にちょっと厳しいなぁ」
だから、と今までは普通に繋いでいた手に、指を侵入させて絡める。離さないように指先までもしっかり握りしめると、優奈の握られた手の掌は俺の手で隠れてしまった。
「優奈のこの手は離さない」
「うん。離さないでください。離れ離れになるのは……いやです……」
優奈ははにかむように笑うと、一歩俺の方に近づいてきて距離を詰める。
互いの浴衣の裾が触れて、優奈の表情に息を呑み、小さな息遣いが俺の鼓動を早く打ち鳴らす。
歩いていたときに覗いたその横顔も、こうして正面で向き合ったときに見せた愛おしく艶めいた満面の笑顔も。全てが鼓動をうるさく響かせて、身体を火照らせ、この上ないくらいの幸福感を与えてくれる。
「あぁ、もちろん」
淡く微笑んだ俺を見上げて、優奈も口角を緩ませて甘い笑顔を見せると、俺たちは人混みに紛れて、お祭りの中に飛び込んだ。
「どこから行こうか」
優奈と歩幅を合わせて、石造りの参道をゆっくりと歩きながらずらりと並ぶ屋台に目を向ける。
谷口さんのところに行くことは確定事項として、夏祭りに定番のお好み焼き、焼きそば、リンゴ飴など食の屋台から射的、輪投げ、金魚掬いなど娯楽まで。どれもこれも目移りしてしまうものばかりで、各屋台で子供たちのキャッキャ、とはしゃぎ声が聞こえて、このお祭りを盛り上げている。
お祭りの熱に当てられたかのように、優奈もきょろきょろと屋台を見渡して、はしゃいでいるように見えて、楽しんでくれていることに安堵の息を吐く。
良くん、と浴衣の裾が引っ張られると、優奈が一つの屋台に指差す。
「綿あめ。食べませんか?」
「いいよ。買いに行こうか」
夏祭りに多くの食の屋台が並んでいるが、その中でも綿あめは夏祭りの定番だ。そして甘いものが大好きな優奈にとっても食べておきたいものなのだろう。
俺たちはカランコロン、と木下駄を鳴らしながら、綿あめの屋台の列に並ぶ。やはりその列のほとんどは親子連れ。特に子供たちが綿菓子機からできる出来立ての綿あめを美味しそうに見つめているので、さすがは子供たちに人気なお菓子と言える。
「良くん。今ちょっと子供っぽいなって思いましたよね?」
小さく笑った俺が馬鹿にしたと思ったのか、優奈は少し不服そうに俺を見つめる。
「いや。可愛いなって思っただけ」
「それ、馬鹿にされてるような気が……」
「そんな子供っぽいところも、俺は好きだよ」
「……っ」
そう伝えると、みるみる顔を真っ赤になっていき、お返しにと握っていた両手を強く握り締めてくる。そして頬をうっすら赤く染めたまま、「……良くんのばか。もう知りません」と、優奈は小声で呟いて顔を逸らしてしまったのでごめんごめん、としばらく許しを乞うと、あっさり許してくれた。
そんなやりとりをしているうちに、その列はどんどん前に進んでいって、俺たちの番になった。
「すみません。綿あめ一つください」
「はいよ。一つね」
この屋台の店主の男性は、早速綿菓子機にザラメを投入して綿あめを作り始める。溶けたザラメが細い糸となってでできて、男性は慣れた手つきで割り箸に絡めていき、大きな綿あめが完成した。
「はいよ。お代は三百円ね」
俺は綿あめを受け取ってお金を男性に渡すと、軽くお礼を口にして、その場から立ち去った。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
歩きながら優奈に手渡すと、早速彼女は小さな口を開けて綿あめを一口。
「甘くて美味しい……」
「そうか。良かった」
食べた優奈の口元は緩み、満足げな表情を浮かべていて、買った甲斐があったと俺も淡く微笑む。
「三百円でしたよね。返しますよ」
「お金は気にしなくていいよ。そのかわり一口ちょうだい」
「いいですよ」
優奈は綿あめを持ったまま俺に差し出してきて、俺は大きく口を開けて口に入れる。
ふわふわと柔らかい食感は口の中ですぐに溶け出す。ザラメは砂糖の一種なので、含んだ瞬間に甘味が一瞬で広がった。
「美味いな」
綿あめを飲み込み小さく呟くと、優奈が微笑を携える。それは綿あめと同等の甘さを持ち合わせていて、口腔内には綿あめを食べたとき以上の甘さが広がっているような感覚があった。
「せっかくなら、半分こしませんか?」
「嬉しいけどいいのか?優奈が食べたかったんだろ?」
「奢ってもらっていますし、それに……食べるなら良くんと食べたいですから」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
優奈が食べて、俺が食べる。
二人で食べた綿あめはあっという間になくなったが、それ以上の甘さと幸せを感じることができた。




