商店街に馴染む姫
「おー。なんか今日は活気に満ちてるなー」
歩きながら広がる光景を目にして、俺は目を瞬かせながら感嘆の声を上げた。
「それはそうですよ。だって今日は――お祭りなんですから」
隣を歩く少女に目を向けると、その少女――優奈は目を細め淡くも可愛らしく笑みを見せた。
俺と優奈は昼食の食材を買いに商店街に出向いていた。
今日は祭りが行われるということで、商店街のあちこちには堤灯が吊るされている。お祭りそのものは商店街から少し離れたところで行われるのだが、地元の景気付けということで、この商店街も似たような賑わいを見せている。
出店を出す谷口さんは既に向かっているのでこの商店街に姿はなく、精肉店は閉まっている。
他の店も、今は店を開いているが祭りの関係で今日は少し早めに閉めるそうだ。
お祭りは既に行われているそうで、その熱がこの商店街にも届いているのか、いつもより少し浮ついた空気が流れているのを感じながら、俺たちは八百屋へと向かった。
「どうもー」
「こんにちは」
挨拶をすると、店主である崎山さんが姿を見せる。白髪が特徴の中年男性だ。
「いらっしゃい二人とも。相変わらず二人は仲良しさんやねー」
客が俺たちであることに気づくと、柔和な笑みを浮かべて続けて言う。
「二人は祭りには行かないのか?」
「行きますけど夕方からですよ」
気温が上がり始めているので、行くのなら日が沈み気温が下がり始める夕方からだと話している。
「今は昼食の買い出しにね」
「おー。そうかそうか。それで、今日は何を買いにきてくれたのかな?お得意様だから色々とサービスしちゃうよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
嬉しそうに優奈は微笑むと、店前に並ぶ野菜たちを真剣に目利きしながら選んでいく。それを袋の中に次々と入れていき、崎山さんに渡した。
「おぉ。これまた随分とご贔屓に。見た感じかなり豪華になりそうやね」
袋に詰められた大量の野菜たちを、崎山さんはレジに通しながらポツリと呟いた。袋には玉ねぎ、なす、トマト、ピーマン、かぼちゃ、オクラが入っている。
「はい。今日のお昼は夏野菜カレーを作ろうと思って」
「へぇ。優奈ちゃんの手作りかい?」
「えぇ」
「こんな美人な彼女さんが料理作ってくれるなんて羨ましいねぇ良ちゃん。沙織さんも言ってたよ。優奈ちゃんの作るご飯は美味しいって」
「ここにある食材がどれも素晴らしいものばかりですから」
「それは農家さんや仕入れたわたしらからしたらなんとも嬉しい言葉だよ」
ハハハッ、と大笑いする崎山さんの向かいで、優奈も小さく笑う。
なんとなくそんな気はしていたのだが、優奈と商店街のみんなの距離が近くなっているような気がする。確かに、ここの人たちはみんなフレンドリーで接しやすく何より温かい。
だが想像よりも優奈がこの商店街に馴染んでいるのだ。もちろん俺にとってもとても喜ばしいことではあるが、ここまでくると少し戸惑いも生まれてくる。
「はいよ。値段少し安くしといたから。あとおまけにトマトも一個追加しておいたよ」
「いえいえそんな。値段まで安くしてもらったのにそこまでしてもらって……」
「いいのいいの。おじさんからの特別サービス。だから遠慮せず受け取りな」
「はい。ありがとうございます」
商店街のみんなからすると、優奈は彗星の如く現れたニューアイドル的存在に近い。
俺たちと同年代の人も商店街は使うだろうが、最近はやはり遠くても商業施設に流れている傾向にあるらしい。
そんな中、優奈のようなみんなの目を引く少女が現れたら嬉しいに決まっている。
商店街のみんなと話している優奈は自然と笑顔をこぼしていて、とても楽しそうに見える。
優奈に声をかけてくる輩はお近づきになりたいと下心を見せてくることがほとんどだが、ここの人たちはご厚意で優奈と接している。
もちろん歳が離れすぎているのもあるだろうが、ほぼ初対面の優奈とも俺と変わらず、優しく接してくれている。
社交的な性格である優奈だ。元々のルックスはさることながら愛想よく礼儀正しい優奈なら、ここのみんなもさぞ気に入ると思っていたのだが、あまりにも商店街に溶け込んでいる。
母さんと買い物に行ったときも色々サービスしてもらったと言っていたのを思い出して予想以上に馴染んでんだな、と俺は笑みを浮かべながら楽しそうに話す二人を見てそう思った。
「そっか。もうそろそろ帰っちゃうのか。また休みの日とかにもおいでよ。また色々サービスしてあげるから」
「はい。またそのときはよろしくお願いします。それではわたしたちはこれで」
「はいよ、いつもありがとうね。良くんもな」
「あ、はい。また今度」
今日の昼食の食材を買い終えて、俺たちは帰路につく。
片手はエコバッグで塞がっていて、もう片方の手と腕は優奈に抱きつかれている。横目でチラリを見ると、会心の笑みを覗かせていた。
「随分商店街のみんなと仲良くなってるんだな。普通に驚いたわ」
「はい。皆さんいい人たちばかりで。話しててとても楽しいです」
「ま、優奈が楽しそうなら良かったよ」
優奈が地元に馴染んでくれるのはとても嬉しい。このまま順調にいけば、今後も長い付き合いになっていくんだから、今のうちにある程度の関係を築いていくのも大切だろう。
「あー。優奈の作ってくれるカレー早く食べたいなー」
「でもそのあと夏祭りもあるんですから、いつもより少し少なめにしておきますね」
「そうだな。カレーに関しては明日の朝に余った分食えばいいし」
谷口さんの出店以外にも色々と出店が並んでいるそうなので、そのためにも昼食は少し抑えておかなければいけない。
ぐぅっと腹の虫が鳴る。
腹をさすった俺を見て優奈は小さく笑い、顔を覗き込むようにして見る。
「早くご飯を食べたいと言ってるようなので、早く帰りましょう」
「おう」
優奈は腕に抱きつく力を強める。
それを幸福と思いながらも、どこか悶々とした気持ちを芽生えさせながら、腹の虫を収めるために少し早足で実家へと帰った。
次回からとうとう夏祭り。
良介と優奈の浴衣デート、是非楽しみにしていただきたいです。




