何よりも美しい笑顔
「わぁっ……」
程よい爽やかな風が吹き抜け、手で麦わら帽子を押さえていた優奈が、目の前の光景に思わず感嘆の声をこぼして、クリーム色の瞳を輝かせた。
木陰のできた道をくぐり抜けた俺たちは自然公園に辿り着いてひまわり畑にいた。
来訪客の数はそれほど見受けられないが、家族で訪れていた女の子は、ひまわりを見て楽しそうにはしゃいでいた。
ひまわり畑の後方には、美しい山々が連なっている。空は快晴で雲一つない夏らしい天気。山の青と青空が背景となって、太陽の下で咲き誇るひまわりをより強く引き立てていた。
「綺麗だな」
この時期になると自然公園には約ニ十万本ほどの太陽の光を目一杯に浴びたひまわりが咲き誇る。それは周辺を埋め尽くすほどで、一本一本が力強く咲いているひまわりの姿はとても美しい。
「良くん。あっちのひまわりも見に行きましょう」
「あぁ」
俺たちはひまわり畑の外周をゆっくり歩きながら見て回る。
「ひまわりって見てて元気を貰える気がしませんか?」
「こんな夏の時期でも根を張ってこんなにも力強く太陽に向かって咲いてるからな。自分も暑さに負けずに頑張ろうって思えるんだろうな」
「大きなひまわりだけじゃなくて小さいひまわりも咲いていて、とても可愛いです」
スカートの後ろ側を手で抑え、両足を閉じた状態で優奈はしゃがみ込み、目の前に咲く小さなひまわりを見た。
周りのひまわりに比べると大きさは劣るが、それでも黄色の花弁を開いて、太陽に向いて咲くその姿はとても勇ましい。見た目もまるで太陽のように見えて明るい気分にさせてくれる。
人がひまわりから元気をもらえるのは、そこからきているのかもしれない。
ひまわり畑の中には人が通れるようにと道が整備されていて、しばらく外周を歩いていた俺たちは中に咲いているひまわりを見に行くことにした。
「凄い……本当に辺り一面に咲いているんですね……」
「伊達に二十万本は咲いていないよな」
圧巻されたかのように、優奈は目を大きく開いて呟いて、俺も同意するように頷く。
道を歩いて、俺たちは今ひまわり畑の中心にいた。視界を三百六十度見渡しても見えるのはひまわりで、二十万本のひまわりに取り囲まれている。
中心にいると、周りに咲くひまわりから元気を注がれているような気がして、俺も不思議と元気になったような気がした。
「良くん。こっち向いてください」
「ん?」
遠くに咲くひまわりに目をやっていると、優奈に声をかけられて、振り向く。
パシャッ。
スマホのカメラのシャッター音とはまた何か違うような音が鳴った。
優奈が見て分かるくらいの新品の一眼レフカメラを手に持って俺を撮影していて、写真の内容を確認した優奈は淡く微笑みを浮かべた。
「優奈。それって……」
「お小遣いを貯めて買ったんです。写真をプリントする機械とプリントした写真を貼り付けるアルバムも買ったんですよ」
優奈は一眼レフカメラを大事そうにしばらく見つめて、優しく撫でた。
「優奈って写真を撮るのが趣味だったりしたのか?」
「いいえ。今日がこのカメラを使用した記念すべき一枚目です」
「そういうのって今どきスマホでも簡単にできるだろ?趣味とかじゃなかったらなんで今さら……」
「そうですね……わたしと良くんが一緒にいた時間をデータとしてじゃなくてちゃんと形にして残したいから……ですかね」
「形?」
「確かにスマホだと凄い便利で加工とかもできるし写真だっていくらでも保存できますけど、データが消えたりスマホを無くしたりすることだってあるじゃないですか。でも写真をアルバムとして残したら記録にもなって、決して消えない財産になると思うんです」
優奈は再び、一眼レフカメラを構えて俺に向ける。慌てふためく俺なんてお構いなしにシャッターを切った優奈は、小さく微笑を浮かべて撮れた写真を俺に見せてくる。
そこにはぎこちない笑みとポーズらしいポーズがとれていない俺の姿と、背景には広大な土地に咲くひまわりが写っていた。
「これは削除だな。なんか変な顔になってるから恥ずかしいし」
「だめです。これも大事な思い出としてアルバムに残すことにします」
「そ、そんなぁ……」
「これから色んな写真をこのカメラに収めてアルバムに残して、そのアルバムを見返しながらこんなこともあったねって、二人で見て笑うんです」
麦わら帽子を抑えながら、優奈は僅かに視線を青空へと向ける。その視線の先には何が見えているのだろうか。
「だから……今日から二人のアルバムを作ろうって決めました。今日から色んな楽しい思い出をこのカメラと一緒に過ごして、絶対に消えない宝物にしようって」
優奈ははにかむように小さく微笑んだ。
「俺も、優奈と過ごす思い出は全部宝物だよ。これからもその宝物を増やしていきたい。だから……これから作っていこう。二人のアルバム」
「……はいっ!」
「そういうことなら次は俺が優奈のことを撮るよ」
「じゃあお願いします。ここを押せばシャッターが切れるので……」
「おう。分かった」
優奈から一眼レフカメラを借りて、俺は一流のカメラマンになったつもりで構える。
「なんかこうして改まってカメラを向けられると恥ずかしいですね……」
優奈は照れを交えながら呟くも、顔が見えるように麦わら帽子を若干浅く被って俺の方を見た。こうして見ると本当に、このひまわり畑に迷い込んだ白い妖精のようだ。
「それじゃあ撮るよ……はい、チーズ」
ひまわり畑に一眼レフカメラのシャッター音が響く。その写真に写っていたのは背景となっているひまわり畑と清々しいほどの青空と、太陽とひまわりにも負けないくらいの笑顔を浮かべていた優奈だった。
二人の宝物となるアルバム。
これから一体何を残していってくれるのか。




