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風で飛んでいかないように

「そのひまわり畑ってどこにあるんですか?」


「歩いて二十分くらいだよ。バスは通っていないからみんな行くときは車とか自転車だな」


 だが家には自転車は中学時代に使っていた一台しかない。しかももう二年も使用していないのでサドルは埃を被って、チェーンも錆付いていてタイヤの空気もすっかり抜けていた。


「でも、良くんの地元にそんなひまわり畑があったなんて知りませんでした」


「去年は優奈が実家に来てたことに動揺してて、ひまわり畑紹介するの忘れてたわ。そこそこ有名なんだぜ。辺り一面がひまわりで埋め尽くされててさ」


「良くんが言うのだったらとても楽しみになってきました」


「おう。ぜひ楽しみにしていてくれ」


 隣で心が躍るかのように微笑む優奈の姿に、俺も得意げな笑みをこぼして俺たちは自然公園へと歩いていた。


☆ ★ ☆


 自然公園に近づいていくにつれて、立ち並ぶ建物は減少していき周りを取り囲む木々が増えていく。


「ここは涼しくていいですね」


「木々がちょうどいい日陰になってくれてるし、風も吹き抜けやすいからな」


 俺たちが今いる地点から自然公園までの続く道は、ほとんどが木陰ができていて、心地よいくらいの涼しい風が流れている。

 それにここは地元での数少ないデートスポットであると同時に、涼しいところで身体を動かしたい子供たちの遊び場でもある。俺も小さい頃はここでもよく遊んだな、と感慨に浸りながら歩いていた。


 森林を揺らすかのような強い風が吹き抜ける。木の枝同士が接触し合ってガサガサっと騒がしい音を奏でた。


「きゃっ!」


 優奈は可愛いらしい悲鳴を漏らして、左手で麦わら帽子が飛んでいかないように抑えた。

 一瞬の出来事だったので、スカート部分が風力によって浮き上がることはなく優奈は安堵しただろうが、俺は肩を落として、優奈にバレないように小さく落胆のため息を吐く。


 突如吹いた風でスカートが重力に逆らって浮き上がりあわよくば……と、そんなシチュエーションを男なら一度お目にかかりたいと思うはず。


 優奈の水着姿は前に一度お目にかかることはできたが、普段優奈が身につけている衣服に隠れているものは見たことがない。


 見ることができるのなら見たいというのが男としての本能。優奈も家にいるときは抱きついてきたり、歩いているときは身体を押し付けてきたりしているので、下着を見るだけに限らず、その先のこともきっと拒んだりはしないだろう。


「風、急に強くなりましたね」


 微笑を携えて、優奈は麦わら帽子を被り直して俺を見つめた。


「そ、そうだな」


 邪な気持ちを抱いていたことを悟られぬように俺も苦笑いを浮かべる。


 いかん、と自分の心に喝を入れて雑念を振り払う。今はデートを楽しみに来ているのであって、そんな下心を俺の心に芽生えさせにきたのではない。こんな汚れない純粋な笑顔が今の俺の心にグサリと音を立てて突き刺さった。


 それはそれとして、俺は繋いでいる手の力を僅かに強めた。


「どうかしましたか?」


「いや、強い風が優奈をどこかに行ってしまいそうな気がしたから」


 もちろん人間が風で飛ばされるわけがないのだが、今の優奈は森に住んでいる可憐な妖精と思わせるほどの雰囲気を漂わせている。

 手を繋いでいても一瞬でも目を背けてしまえば、俺の目の前から消えてしまいそうな儚さも感じられて、飛んでいかないように、俺の横からいなくならないようにと強く握りしめていた。

 

「これだけ強く握られてしまったら、どこかに行きたくても行けませんよ」


「あ、悪い。力強かったな」


 俺が優奈と繋いでいる手の力を弱めようとすると、優奈は懸命に首を横に振ったあと、麦わら帽子のつばで見えにくくなっている優奈の顔が見えるくらいに顔を上げて、俺と目を合わせる。


「緩めたら……だめ……わたしが飛んでいかないように、離れることができなくなるくらいに良くんにずっと強く握りしめててほしいです……」


 うっすらと頬を染めている優奈に、上目遣いでそんな風に懇願されたら断るなんてできない。

 できるならこの場であらん限りの力で優奈のことを抱きしめてやりたいほどの威力を持っている。


「ん……分かった。痛かったら言えよ」


 優奈の掌を握りしめる力を強める。俺の手に隠れるくらいに小さな手を壊さない程度の力で。


「これぐらいがいいです」


 握りしめる力を固定して優奈に目をやれば、安堵したような表情を見せた。


「ひまわり畑までもう少しだから、行こうか」


「はい」


 さっきみたいな風が吹いても優奈が傍から離れないようにと、優奈の手の感触を確かめるようにもう一度握り直して、俺たちは向かった。

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