表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/352

ラスボス

 インターホンが鳴り響く。

 ドアノブを捻って開けると俺が恐れていたラスボスーー母さんが満面の笑顔で、「久しぶり〜!」と嬉しげな声を上げて、抱きついてこようとする。俺は「あーはいはい」と言いながら、それを渋々受け入れた。


「あれ?彼女さんは?いないの?」


 三和土(たたき)には、俺の靴しか置いていなかったため、母さんは首を傾げた。


「母さんが来てから呼ぼうと思ってたんだよ。ちょっと待ってて」


 俺はスマホを取り出して、天野さんにラインを送る。


『母さん家に着いたから、来てくれるか?』


 母さんが来る時間帯は事前に伝えている。

 『分かりました』と、すぐに返信が帰ってきた。


「今から来るから、少し待ってて。俺は外で待ってるから」


「はいよー」


 俺は外の景色を眺めながら、天野さんが来るのを待つ。しばらくすると一つの人影が見えた。

 小さな歩幅でこちらに向かってくる。


「おはようございます」


 今日の天野さんの服装は、涼しげな印象の服装だった。淡い水色のスカートに、半袖のトップスは白色でひらひらな袖が可愛らしい。そこから覗く白い肌に、思わず目を奪われそうになる。


「あぁ、おはよう」


「どうですか?どこか変なところは……」


 彼女は不安そうに、自身のファッションを確認する。


「すごく似合ってる」


「それを聞いて安心しました」


 彼女は少し恥ずかしそうにしながらも、安心したような笑みを見せた。


「優奈」


「は、はい。良くん」


 母さんが来たときだけと決めていた呼び方。

 呼ぶのは電話以来だというのに、今回はすんなりと言えたような気がした。


 天野さんは「ふふっ」と微笑した。


「どうしたの?」


「いえ。初めて直接名前を呼んでもらえたなって」


 彼女の笑顔に、俺は照れを隠すように頬を掻いた。


「じゃあ、どうぞ」


「お邪魔します」


 彼女を家に上げ、靴を揃えてリビングに向かう。ドアを開けると、母さんの瞳がキラキラと輝いた。


「紹介するよ。俺の彼女さんの……優奈です。学校では同じクラス」


 彼女という慣れない響きに戸惑いつつも、俺は後ろ髪を掻きながら母さんに天野さんーー優奈を紹介する。


「はじめまして。お義母さま。天野優奈と申します」


 優奈は小さくお辞儀をした。


「お義母さま……良い響きね……母の沙織と申します。息子がいつもお世話になっています」


「いえいえ。わたしのほうこそです。よく良くんに助けてもらって……」


「良くん!?あんた良くんって呼ばせてるの!?」


 母さんが驚愕の表情をこちらに見せてくる。


「良介くんだと長いだろ。てかいいだろ。呼び方くらい」


「それもそうね……」と母さんは納得する。母さんからしたら息子が連れてきた初めての彼女(この場限り)で、少し舞い上がっているのだろう。


「それにしてもまぁ……別嬪さんね」


「いえいえ、そんなことは……」


 母さんはまじまじと見つめ、優奈は手を小さく振りながら否定する。


「別に謙遜する必要はないのよ。艶のある髪に白くて綺麗な肌。整った顔立ち……わたしもこの子みたいな女の子欲しかったー」


 お母さんがそう言葉を漏らした。


「ねぇ。一つ聞いてもいい?なんで良介を選んでくれたの?確かにいい子だけど……いたって平均的な男の子よ。優奈ちゃんならもっといい男だって、たくさんいると思うのに……」


「良くんは不良からわたしを助けてくれました。怖くて泣いていたわたしに寄り添ってくれて……側にいるからって言ってくれたんです。そのときわたしは、彼がいいと思ったんです。良くんしかいないと思ったんです」


 大きな瞳を真っ直ぐ母さんの方に向ける。

 母さんはどこか安心したように吐息。そして俺の方を見た。


「良介。この子を必ず大事にしなさい。決して手放してはいけないわよ。分かった?」


「は、はい」


 母さんの迫力に俺はたじろぎながらも、俺は返事する。こんな母さんは見たことがなかった。

 そして今度は優奈を方を見た。


「優奈ちゃん。少し頼りないかもしれないけど、良介のことよろしくね」


 そう言って、頭を下げる。


「はい」


「ありがとう。優奈ちゃん……はい!堅苦しい空気はこれでおしまい!」


 母さんが手を鳴らして、笑顔を向ける。

 先ほどまでの空気が嘘のようだ。突然の豹変に、俺も優奈も驚きを見せる。


「優奈ちゃん!良介から聞いたわよ!毎晩互いの家でご飯作りあってるそうじゃない!?優奈ちゃんのご飯、とても美味しいって聞いたのよ〜!良介のご飯はどう?」


「すごく美味しいです。この間の休日もビーフシチューを作ってくれて」


「あらそうなの!?やるじゃない良介〜このこの〜」


 母さんが茶化すように言ってくるので、俺は視線を逸らす。


「優奈ちゃん。良介はね、ハンバーグが大好きなの。作ってあげたらきっと喜ぶと思うわ!」


「お義母さま。良くんの好きな食べ物。全部教えてください」


「優奈!?」


「いいわよー!良介はオムライスも大好物なの!卵はとにかく柔らかい方がいいみたいでね!それに……」


 何やら二人でものすごく楽しそうに会話をしている。俺がまるでこの場にいないようだ。

 なんとなくこの場にいづらくなって、しばらくトイレに引きこもることにした。


☆ ★ ☆


 十分後。

 トイレから戻ってくると、


「良介。わたし、ここでお昼も食べるから」


「は?何それ聞いてない」


「今決めたもの。今日はあんたが当番なんでしょ?久々に愛息子の手料理食べたいなー」


「別にいいけどさ……え。も?まさか昼飯だけじゃなくて夜飯も食うつもりか?」


 さすがに図々しいほどにも程があるだろうと、俺は心の中で言って、頭を抱える。


「夜ご飯はわたしが作ります。良くんばかりに負担はかけられませんから」


「あらやだ!良くできた娘!」


 母さんは優奈をまるで本当の娘のように可愛がった。


「そうだ!優奈ちゃんも昼ご飯ここで食べていきなよ!」


「え?いや、わたしは……」


「遠慮しなくていいの!二人分も三人前も作るのなんて変わらないわよ!ねぇ良介!」


「頼むから帰ってくれ……」


 結局、母さんは昼飯は俺の家で。夜飯は優奈の家で食っていた。夕飯のメニューはハンバーグで、キッチンでは母さんと優奈が楽しそうに話をしながら作っていた。


 普通に美味かったんで良かったんですけど。


☆ ★ ☆


  夕食を食べ終えて一通りの片付けを終えると、母さんは「そろそろ帰るね」と言って、玄関へと向かった。俺と優奈も玄関へと向かう。


「良介も優奈ちゃんも、身体には気をつけてね」


「母さんこそあんま無理しすぎんなよ。バイトだってやるって言ってんのに……」


「良介は高校で忙しいでしょう。学生の本分は勉強なんだからそっちに集中しなさい。それに、息子一人養えないほど、母さんの稼ぎは悪くありません。子供が親の心配するなんて、百年早い」


 母さんはIT系の一流企業で働いている。詳しい年収は教えてくれないがそこそこ稼いでいるらしい。

 それでも母さんに負担をかけているのは分かっていたので、再就職先に勤めるようになってからはある程度の家事は俺がやっていた。


「高校生は高校生らしく、青春しておけばいいのよ」と母さんは笑って言った。本当に頭が上がらない。


「それじゃまた今度ね」


「気ぃつけて」


「はい」


 俺たちは母さんを見送ったあと、俺たちは深い息を吐いて椅子に座った。とりあえず一つの山は越えたのだ。


「今日はありがとう。助かった」


「お義母さま。すごく良い方でしたね」


「まぁな。少し距離が近すぎるというのはあるが、感謝してる。絶対口には出さないけどな」


 優奈はクスッと微笑むと、「麦茶淹れますね」と言って、立ち上がる。透明なグラスに氷を入れて麦茶を注ぐ。そのグラスを俺の前に置いた。


「サンキュ」


 俺は麦茶を喉に流し込む。緊張もあったせいか、身体全体が熱く感じていてこの麦茶はその火照りを抑えてくれている感じがした。


「なぁ。一つ聞いてもいいか?」


「なんですか?」


「俺、側にいるからなんて言ってないよな。しれっと嘘言ってて驚いたぞ」


「言ったじゃないですか。わたしが泣いているとき、側にいるからって」


「ゆう……天野さんが落ち着くまで側にいるからって言った記憶があるんだが……」


 天野さんは首を横に傾げる。


「可愛らしく首を傾げりゃ、済むって問題じゃないぞー」


 そう言って、俺は麦茶を口に含んだ。天野さんは顔を何やら頬を膨らませている。


「優奈って響き。すごく良かったんですけどね」


「言っただろ。あれは母さんの前でしか言わないって」


 それでも彼女は不服そうにしていた。

 

「優奈」


 俺は彼女の名を呼んだ。

 天野さんの美しい瞳が、真っ直ぐ俺を捉えていた。


「……とりあえず、今日はこれで終わり。これ以上呼んだら、心臓に悪い」


 彼女の名前を口に出すとき、心臓が口から出そうなほどの緊張感に襲われるのだ。天野さんはもう慣れたかのように俺の名前を呼ぶので、名前を呼ぶのにすら緊張する自分がおかしいのかと思ってしまう。


「分かりました。今日はこれで我慢します」


 名前を呼んでもらえて嬉しかったのか、天野さんは嬉しそうに笑った。


 俺は玄関へと向かい、靴を履いて踵を直す。


「もう少しで体育祭か……」


「そうですね」


 ドアを開くと、夜空が広がっており星々が美しく輝いていた。


「それじゃあ、またな」


「はい」


 そこからあっという間に時が過ぎ、体育祭当日となった。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ