地元の夏祭り
「良介はこの一週間で何か予定ってあるの?」
翌朝、三人で朝食を食べていると、何の前触れもなく唐突に母さんにそう尋ねられる。
あー、と唸りながら天井を見上げてしばらく考えるが、
「特にないな」
そう言うと、大きく口を開いてベーコンエッグを乗せたトーストを口に運んだ。
自然が豊かなのと賑やかな商店街があることくらいしか取り柄のない地元だ。あるとすれば去年みたいに川沿いを散歩したり、夜に手持ち花火を楽しんだりするくらいだろう。
俺の中ではこの帰省は母さんと優奈との時間を大切に過ごしつつ、受験勉強に力を入れようと考えていたので今さら予定と言われても、大した予定はすぐには思いつかない。
「でも今年はお盆に夏祭りをやるらしいわよ」
「え?あの祭りは毎年お盆前にやるはずだろ?」
「なんでも町内会の都合らしくてね。五日後にあるらしくてそのときはまだ良介たちもいるでしょ?二人で回ってきたら?」
この街では、毎年お盆前に景気付けにとお祭りが開かれる。小学校の頃に家族と三人で行ったのが最後で、ここ数年は祭りには足を運んでいない。優奈にも紹介したいし、久々に足を運んでみるのも悪くないだろう。
「そうだな。一緒に行こうぜ」
「はい。とても楽しみです」
隣で朝食を食べていた優奈の表情からも笑顔が滲み出ていて、楽しみということがよく伝わった。
「でもあの祭り、浴衣の人結構多かったような覚えあるんだよな」
うろ覚えではあるが、往来する人々のほとんどが浴衣を着ていたような気がする。別に浴衣でなければいけないと決まりはないが、夏限定でしか着られない特別なものを感じる。
それに特に女性がよく好んで着ている印象が強く、現に去年、有磯神社で行われていた祭りに瀬尾さんは浴衣で参加していたし、優奈も途中から浴衣に着替えて気に入っているようだった。
「それは昔からの風習ね。今は景気付けって意味合いでやってるけど、昔は今年も夏が来たってお祝いの意味も込められてたらしいから」
つまり夏らしい服装でこの祭りを迎えようという風習があって、それが今まで引き継がれていたということか。
「ふーん。じゃあ参加するなら浴衣の方がいいのかな?」
「別にどっちでもいいと思うわよ。もし浴衣を着たいって言うなら、確か健二郎さんが昔着ていた浴衣が押し入れに眠ってるはずだから探せばあると思うわ健二郎さんと今の良介は同じくらいの体格だからサイズも問題ないと思うし」
「あ、じゃあそれ着ようかな」
「分かったわ。あとで探しておくわね」
「でも優奈の浴衣はどうするんだよ?普通に考えたらレンタルするのが定石だろうけど」
すると母さんは人差し指を立てると首と一緒に小さく横に振る。
「その点に関しては大丈夫よ。優奈ちゃん、自前の浴衣持ってきているから」
「え、そうなの?」
「家に来る前……圭吾さんと希美ちゃんとご飯食べた日の準備していたときに希美ちゃんと優奈ちゃんに事前に祭りがあること言っておいたの。そしたら旅行先で優奈ちゃん浴衣買ったって言ってて。それならこの祭りで着れるじゃんって盛り上がって持ってきたってわけ」
「へぇー」
「歩いてたらお店に前に置いてあるサンプルの浴衣に可愛いものがあって気になって……楽しみにしていてくださいね」
「おう」
優奈が可愛いと思って買った浴衣なのなら、きっととても似合っているに違いない。夏祭りの楽しみが一つ増えた。
「つか、優奈と希美さんには事前に言っておいてなんで俺には今言ったんだよ」
「だって良介のことだから、面倒くさいとか言って行かないでしょ。でもそこで優奈ちゃんの浴衣姿を見ることができるってなったら、良介も行く気になれるでしょ」
どうやら母さんは、せっかく俺と優奈が実家に訪れる期間にお祭りが開催されるなら、優奈の浴衣姿を拝めることができるという餌で、近年祭りに顔を出していなかった俺を釣りだそうとしていたらしい。
確かに中学時代の俺は、これといっていいほど外に出ないインドアな人間で、斗真に遊びに誘われたり、たまに俺から誘ったりして遊んだりしてことがなかった。
母さんはそのことを心配して、無理矢理にでも俺を外に引っ張り出そうとしたのだろう。
「別に優奈の浴衣姿に釣られなくたって、優奈と行けるならどこだって行くから。言っておくけど、高校生になってから結構外出するようになってんだからな」
「そうなの?」
「はい。良くんいろんなところに連れ出してくれてとても楽しいです。また水族館やカラオケに行きたいですね」
母さんは優奈に尋ねると、優奈は頷いて懐かしむように呟きながら俺を見る。
「そうだな。あと優奈が言ってたおすすめのカフェにも行きたいなぁ」
付き合う前に遊びに行った場所も、付き合ってから行けば、また違った景色が見えるのかもしれない。そう考えると、優奈と出かけたい場所はまだまだたくさんある。
「あら。わたしが予想してた以上のラブラブッぷりね」
母さんが片手を頬に当てながら、温かい目で俺たちを交互に見る。
「茶化すなよな」
「褒めているのよ。いつまでも仲がいいことは付き合っていく上で必要なものだから」
「どうだが」
俺は吐き捨てるように言って、残り僅かなベーコンエッグトーストを一口で食べ終えて飲み込み、アイスコーヒーを飲み干した。
五日後に優奈と一緒に祭りに行くことが決定したのだが、それでも予定がほぼ空白なのは変わらない。家でのんびりするのも悪くはないが――
「優奈。ひまわりって好き?」
「ひまわりですか?好きですよ」
「小さい頃、父さんと母さんにひまわりがたくさん咲いてる自然公園に連れて行ってもらったことがあるんだ。もし優奈が良かったら行きたいと思うんだけど……」
「いいですね。ぜひ行きましょう」
俺が急に、しかも勝手に考えた予定だったのだが、優奈は笑顔で頷いてくれた。
「いいんじゃない。今日はまだ涼しい方だし今がちょうど満開の時期だろうから。どうする?もう家を出る?」
「どうする?俺は軽く準備を済ませればすぐに出発できるけど」
「それじゃあ少しだけ時間をください。わたしも身支度を整えたら行きましょう」
「分かった」
そんなわけで優奈とひまわり畑デートをすることが決まって、朝食を食べ終えた俺たちは早速準備を始めた。




