父に告げた言葉
墓地へと向かった俺たちは、父さんの墓参りをしていた。今年はちゃんとお盆に顔を見せたので、天国にいる父さんから怒られることはないだろう。
もし、今俺たちの前に立っているとするならば、優奈の右手の薬指を彩っている淡い輝きを放っている指輪について何かと言及されるかもしれない。もし聞かれれば、俺たちのことをずっと見ているのだから知ってるだろ、と返してやるつもりだ。
お線香とろうそくに火を灯して、瞑目ししばらく手を合わせて、父さんと俺たちよりも前に生きていたご先祖への感謝の気持ちを表した。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「はい」
母さんの言葉に優奈も頷いて、用意したお供物や灯していた火を消す準備を始める。
「ごめん。俺少しだけここにいてもいい?すぐ戻ってくるから」
そう言った俺に、二人は最初はキョトンとした顔を見せたが、俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、二人は頷いてくれた。
お供物やろうそくを捨てるゴミ袋だけ受け取って、二人は先に車へと戻っていく。その姿を見送った俺は振り返ると、お墓の前でしゃがみ込んだ。
「父さん」
霊能力があるわけでもないので父さんの姿なんて見えるわけがない。だが、きっと今この場にいてくれていると信じて、俺は呼びかけた。
「天国から見てて息子の頑張りぶりはどうよ。俺としては勉強もバイトも結構頑張ってるつもりだから褒めてほしいんだけど……それにしても金を稼ぐって本当大変なんだな。俺が産まれる前も後も、二人は汗水垂らして頑張ってくれてたんだなって身に染みて分かったよ」
父親としての息子の評価を尋ねてみるが、言葉は返ってくることはない。それでも俺は淡く笑みを浮かべながら続けて、
「進路のことでさ、いろいろ考えたんだよ。二年生になってから母さんとも相談はしてたんだけど」
もし父さんが生きていれば、今頃一緒になって俺の進路のことについて真剣に考え、悩んでくれていただろうか。はたまた俺の人生だから俺の好きなようにやれと背中を押していてくれていただろうか。
「俺、自分の夢に自信が持てなかったんだ。ちゃんとした夢があって理由もあって、それなのに難しいこととか考えて諦めようとしてた。でも、それってただの逃げなんだよな」
相応しくないとか資格がないだとか、都合良く言い訳をして自分に逃げ道を作っていた。これでは以前の俺に逆戻りしてしまうところだった。
「ある人に言われたよ。何かになるために特別な理由なんていらないって。自分の気持ちに素直になってってさ」
いつの間にか俺は自分で自分の可能性を潰していたのだ。なりたいものに、本当の気持ちに目を背けて蓋をした。それがどれだけ辛く、しんどいものなのかはよく知っているはずなのに。
「それでちゃんと思い出した。なんで俺がそうなりたいのかって。もう誰になんて言われたって、絶対にブレないよ。その理由が俺の夢の根幹だからな」
俺は目を柔らかいものに変えて、全然するように一言。
「俺、先生を目指す」
父さんはどう思うよ、と俺は首を傾げて父さんに尋ねるが、もちろんその返答は返ってくることはない。父さんのことだ。また頑張れよと言って、俺の背中を押してくれると信じたい。
俺はしばらく黙り込んだあと、ゆっくりと腰を上げる。
「それじゃあ、俺もそろそろ行くよ。母さんと優奈待たせてるしな」
お墓にあるお供物やお線香やろうそくをゴミ袋をへと片付けて、じゃあな、と俺も背を向けて歩き出す。
また声を聴けるような気がして俺は振り返るが、その声を聴くことはできない。
「また来年来るよ」
俺はもう一度、父さんに笑顔を向けて母さんと優奈の待っている車へと走り出した。




