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触れていたい手

 翌朝――

 実家に帰省するため、俺たちはバスに乗っていた。幸運なことにそのバスに乗っている人はあまり見受けられず、また乗り降りする人も少ないので、思ったよりも早く着きそうだった。


 俺と優奈は一番後ろの端の席に座っていて、外の景色を眺めていた。

 バスの中なので会話に興じることはなかったが、手はずっとつないだままで、緩くつないだり、指を絡ませたり、互いの手の甲を指で優しくなぞったりと。


 優奈は手の甲が弱いらしく、なぞるたびにくすぐったそうにふやけた表情を見せては、俺の肩にもたれかかってくる。

 本当は今すぐにでも頭を撫でてやりたいのだが、さすがに公共の場でそこまでやることはできない。


 実家に帰れば母さんの目もあるので、いつもより優奈とくっつける頻度はかなり減ると思うが、なくなるわけじゃない。俺は愛でたい気持ちを必死に抑えて、その分手をつなぐ力を強めた。


 予定よりも十分ほど早く着いて、俺たちはバスを降りる準備を始めた。降りる際も手をつないでいて、齢を重ねている優しい印象の男性運転手からも、「仲がいいんですね」と声をかけられ、俺と優奈は迷うことなく肯定の返事をした。


 バスを降りて周りを見渡せば、俺たちを待っている母さんの姿が見えた。違う点は去年は車の中で待っていたのが、今年は大きな木でできた木陰のところで俺たちを待っていた。


「手、つないだままにする?」


 俺は歩きながら優奈に尋ねると、優奈の手を握る力が強くなる。指の一本すら離れることを許さないと言わんばかりに強く。


「わたしは、ずっとつないでいたいです……」


 優奈は綺麗な瞳に寂しさを宿して、それを俺に向けてきた。


「良くんはいやでしたか?」


「ううん。そういう意味で聞いたわけじゃないんだ。母さんの姿が見えたから、優奈は母さんに手つないでるところ見られたら恥ずかしいかなって」


 ほれ、と俺は視線で優奈に母さんの居場所を教えてやり優奈もその方向に目をやれば、母さんがいることに気がつく。予定より到着時間が早かったためか、母さんは俺たちがいることに気がついていないようで、スマホに視線を送っている。


 一緒にいるところはもう何度も母さんに見せているが、手をつないでいるところはまだ見せたことがないはず。今さら母さんに優奈と手をつないでいる姿を見られたところで俺はなんともないのだが、優奈は恥ずかしいと言うのではないかと思って確認の意味で聞いてみたのだ。


「安心しました。良くんはずっと手をつないでいるのがいやになったのかと思って」


 優奈は分かりやすく安堵したような息を漏らして、こちらを顔を向けて柔和な笑みを浮かべた。


「まさか。そんなこと思うわけないだろ」


 俺も優奈に応えるように握り返す。

 どんなときでも隣にいれば手をつなぐのが当然なんだと、少なくとも俺は思っていて、それは優奈もそう思っていてほしいと願っている。

 もちろん自重はしているつもりで、学校内で手をつなぐことはしていない。誰もいない昼休みの屋上は話は別なのだが。


 今回の帰省ももちろん出かける機会はあると思うが、おそらく母さんと三人で行動することがほとんどだと思うので、そのときはその気持ちに蓋をして我慢しなければいけない。

 だが、今日このときくらいはこの気持ちに素直になってもいいだろう。

 

 俺と優奈は母さんいる木陰のところまで向かう。地面に伸びた影で気がついたのか、母さんはスマホから俺たちに視線を向けると、たちまち表情が明るくなる。


「おはようございます。お義母さま」


 挨拶するときはさすがに手は離さなくてはいけないと、俺たちはつないでいた手を離す。

 礼儀正しく、隠しきれないお淑やかを漂わせている優奈が軽く会釈したあと、頭を上げて笑顔を見せる。


「おはよう、優奈ちゃん!会いたかったわ!」


 母さんは視線を優奈だけに注いで微笑んだ。

 その勢いは今にも抱きつきそうなもので、俺は呆れるような視線を向けて、優奈は若干驚きながらも笑顔を崩さなかった。


「久々に会ったくらいの熱量じゃねぇか。それに会いたかったって……一昨日昨日会ってんじゃん」


「わたしは優奈ちゃんとはいつも会いたいと思っているのよ。良介と違って毎日会えないんだからこうなっちゃうのは仕方ないじゃない」


 俺の発した言葉に母さんは少し眉を顰めながらそう言ってフン、と鼻を鳴らす。

 俺の優奈だからな、とさらに追い討ちをかけることもできたのだが、言ってしまえば一週間の帰省生活が中々恐ろしいものになるような気がしたので、口にでかけていた言葉を唾と共に飲み込む。


 優奈は俺と母さんのやりとりを微笑ましそうに眺めながら、「相変わらず仲がいいですね」とのほほんとした様子で言葉を吐く。

 その言葉を聞いた母さんは途端に眉を下げて、そうでしょ、と笑顔で答えて、今度は俺の方を向く。


「おかえり。どう?半年ぶりの地元は?」


「ただいま。別にどうも大した感想はないよ。ただ以前と変わらない景色だなってだけかな」


「面白味のない感想ね」


「悪かったな」


 コメントを求められたから思ったことを素直に伝えただけなのに、返ってきた言葉があまりにも辛辣すぎて、今度は俺がぶっきらぼうに返してそっぽを向いた。


 俺を他所に母さんはさて、と手を打ち鳴らして、


「早速家に帰ってご飯を……って思っていたんだけど、その前にお墓参りにだけ行きたいと思っているの。優奈ちゃん。申し訳ないんだけど付き合ってもらえるかしら?」


「はい。わたしも足を運びたいと思っていましたから。是非お願いします」


「あらやだ。優奈ちゃんはもう立派な柿谷家の娘ね。良介もいいかしら?」


「おう。今年はちゃんとお盆に父さんに顔を出さなきゃと思ってたからな」


 帰省早々、母さんの面倒な絡みが優奈を襲っているが、当の本人は気にすることもなく、むしろどこか照れを交えた表情で母さんと話していたので、俺が関与するところではない。


「それじゃあ、早速向かいましょうか」


 そう言うと、母さんは車を停めている駐車場へと歩き出す。


「俺たちも行こうぜ」


 俺は優奈に手を差し出せば、優奈もはにかみを浮かべながらその手を握りしめる。


「今年は去年よりももっと楽しくなりそうです」


「だな」


 俺は淡い笑みを浮かべて優奈の手を引きながら、母さんの後を追った。

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