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将来のお迎え

「ごめんな。母さんの朝食まで準備してもらって」


 玄関で母さんを見送ったあと、食器と調理器具を洗いながら優奈に声をかける。

 

「大丈夫ですよ。元々そのつもりでいつもより少し多めに作っておいたんですから」


 椅子に腰掛けている優奈は俺を見ると、気にしないでと言わんばかりの柔かな笑顔を向ける。

 優奈は今、課題に手をつけている。家族旅行に行く前までに課題の四分の三は終えていて、帰ってきたその日から課題を再開させている。残っている課題は数学のワークだけのようで、それも残り僅か。

 お互い課題を終えた状態で、俺の実家に向かえるようで少しは肩の荷を下ろすことができるだろう。


 洗い物を終えた俺は、優奈の邪魔にならないように向かいの椅子に座って休憩をとる。少し休めば、俺も参考書の問題を解き直す予定である。


 もちろん実家に帰省してからも勉強は怠らないつもりだ。実家に戻るだけで、過ごし方はアパートのときとあまり変わらないはずだ。


「一応言っておくけど、母さん多分去年よりも面倒になると思う」


 そう言うと、優奈は走らせていたペンを止めて

少し不思議そうな表情を浮かべて俺を見つめた。


 帰省して大変になるのは俺よりも断然に優奈だろう。

 去年は偽恋人として訪れていたが、今年は真の恋人として家に上がることになる。母さんが優奈を可愛がる姿は見なくても容易に想像できる。

 

「多分、去年以上にいろんなことを根掘り葉掘り聞かれると思う。もし答えたくなかったら無理に答える必要なんてないんだからな。言い訳に俺の名前を出して構わないし」


「いえ。聞いてくれるということは、それだけ興味を持ってくれているということですから。何を聞かれても答えるつもりですよ」


「ちょっとポジティブすぎない?そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ」


 確かに無関心よりは話しかけ続けてくれた方が優奈もずっと安心できる。公認という形にはなっているが、優奈はまだ数える程度にしか実家に訪れていない。緊張してしまうのは当然だ。


「それにやはり将来のことを考えると、お義母さまに失礼な行動は取りたくないですから……」


 母さんのことだからそんなことは気にしないとだろう。だがキッチリとした優奈の性格がそれを許さないらしく、そうか、と俺は短く答えた。

 優奈はもう既に母さんに気に入られているのだから、そんなことを気にする必要なんて何というのに。


「将来……ね」


「そうです……将来です……」


 お互い何を言いたいのかは分かっているのに、口に出すことが恥ずかしくて、あえて将来の二文字で逃げる。


 一日の大半を俺の家で過ごしている優奈で、家にある家具の半分は優奈の私物や、新しくお揃いで買ったものである。言われると否定しているが、これはもはや半同棲と言ってもおかしくない。もしこのまま一緒に生活することになったとしても、お互いのリズムは既に身体が覚えているので生活はあまり変わることはないだろう。


「お父さんもお母さんも良くんのことは認めてくれていますから」


「……おう」


「あとは……時間の問題ですよね?」


「時間になったら、優奈のことを迎えに行ってもいいわけで?」


「逆に迎えに来てくれないのですか?指輪までくれて、あれだけ情熱的な口づけまでしてくれたのに?」


「後半は言うな。あれは俺の優奈に対する好きが止まらなくなって暴走しただけであって……まぁ確かに愚問だったな」


 俺は軽く笑うが、優奈の表情は少し寂しげだった。本当に不安にさせてしまったようで、申し訳なさを感じた俺は姿勢を正して優奈のクリーム色の瞳を逸らすことがないように真っ直ぐ見つめる。


「時間が来たら……そのときは改めてちゃんと言葉して伝えて迎えに行くから……それまで待っててくれ」


 俺の今の精一杯を伝える。優奈は安堵したかのように表情を柔らかいものへと変えて、俺の言葉はちゃんと伝わったことを確信する。


「はい……良くん行きの無期限チケットを持ってずっと待ってますからね。ちゃんとわたしのこと迎えに来て、乗せていってくださいね」


「あぁ」


「もちろんわたし以外の人を乗せたら駄目ですよ?」


「当たり前だろ。優奈が待ってくれているところまで停車する予定はないからな」


 この列車はもう優奈にしか目がいっていない。ブレーキは壊れていて、優奈が待つ場所に限り自動停止するようになっている。


「優奈のお迎えチケットの有効期限はいつまでよ?」


「無期限……って言いたいところですけど、なるべく早くお願いしますね?」


「今も一生懸命走ってるからもう少しだけ待っててよ」


 うん、と優奈はお姫様のような美しく可愛らしい笑顔で小さく頷く。そして隣の椅子に座れと言わんばかりに椅子をポンポンと叩く。


 席を移動して優奈の隣に座れば、俺の肩と二の腕の間に頭を預けてくる。もうすっかり優奈のお気に入りのポジションになっていて、すりすりと擦り付けてくる。


「課題はしなくてもいいの?」


「良くんが話しかけてくる前にちょうど終わりました。終わったご褒美として甘えさせてください」


 広げてあるワークに視線を向ければ、確かに範囲の問題は全て解き終わっている。ならば存分に甘やかしてやってもいい。


「いいよ。それじゃあソファーに移動しようか」


「ん」


 優奈がねだるような瞳を俺に向けて、両手を広げて待っている。何をしてほしいとは言わず、ん、と言うだけでまるで俺に察しろと言わんばかりだ。


「優奈姫。ちょっと失礼」


 俺は優奈の身体を抱っこして、ソファーに座らせる。要望に応えたつもりだったのだが、優奈はどこか不満そうな顔を覗かせていた。


「姫って言うのなら、お姫様抱っこが良かったです……」


「お姫様抱っこだけじゃ飽きるだろ。たまには普通の抱っこもいいかなって。その方が色々と密着できるし」


「むぅ……」


 口を尖らせた優奈に俺は笑顔でそう伝えると、顔を赤くした優奈が唸りながらポコポコと弱いパンチを俺の肩に繰り出してくる。

 俺は笑いながら優奈の頭を撫でてやると、パンチをやめた優奈がもたれかかってきて、俺の太腿に頭を乗せてきた。


「こうして良くんと二人きりでゆっくりできたのは久々ですね」


「そうだな。たった数日いなかっただけなのに本当にそう感じる」


 俺は優奈の頭を撫で続けていて、優奈は気持ちよさそうにしながらも、もっとしてほしいと目が訴えかけていた。


「だから今日はたくさんくっついていますからね……」


「そんな無防備な体勢で俺の膝枕を堪能してるんだから、あとで色々されても文句言うなよ」


「ふふっ。何をされちゃうんですか?」


「それはこのあとのお楽しみ」


 久しぶりの優奈と過ごす時間を堪能するように俺は太腿に頭を預けている優奈にもう一度笑いかけて、優奈の髪や頬に触れれば、優奈は安心しきったように瞳を閉じて、俺の手の感触を感じていた。

次回からは二度目の実家帰省編です。


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