いつもより少し騒がしい朝
「……ん〜……」
「おっ。ようやく起きたか」
布団でぐっすり眠っていた母さんが身体をむくりと起こすと、顔を歪めて頭を抑える。
「こ、ここは……?」
「俺ん家のリビング」
「いつの間にわたし帰ってきたの……うっ。頭痛い……久々だったからつい飲みすぎた……」
そりゃ希美さんとあれだけ飲んでいればそうなるよな、と俺は冷蔵庫から常備しているスポーツドリンクを取り出して二日酔いで頭痛に苦しんでいる母さんまで持っていく。
「母さん、ベロベロに酔っ払うまで希美さんの飲んでたんだよ。それで俺が家まで運んだの。マジで大変だったからな。家に着いたらすぐに寝ちゃうからとりあえずリビングに布団敷いて眠ってる母さん移動させて」
「ごめん」
「本当だよ。昨日だって俺に無茶ぶりしてきたしさ」
「嘘……全然覚えてない……」
母さんはスポーツドリンクを飲みながら思い出そうとするが、首を傾げるだけで本当に覚えていないようだった。みんなの前(母さんは酔っ払ってて、圭吾さんは爆睡)で言ったのは多少恥ずかしかったが、あとで優奈からも愛の囁きをいただいたので、まぁ良しとしよう。
「……あっ。そう言えば今何時?」
気怠げそうな母さんがハッとして、途端に真剣な表情に変わって時計に視線を移す。
「見ての通り午前十時」
「ちょっ!確か圭吾さんと希美さんて今日の……」
「今日の八時のミュンヘン行きの飛行機に搭乗した。俺と優奈でさっき見送りしてきたからさ。今は遙か上空、機内でフライトを楽しみながらのんびりしてると思う」
そう伝えると、母さんは呆然とした表情を浮かべたあとに電池切れをした人形のように項垂れた。
「な、なんで起こしてくれなかったの……?」
「いやいや。何回も起こしたんだぜ。だけど母さん返事一つせず布団にくるまってミノムシになったんだから」
脱力しきった頭を上げる母さんに、肩をすくめながら俺は答える。
酔っ払っていてあのときの記憶はほとんど飛んでいるだろうから、最後に話したことを明確に覚えているのは夕食の準備をしていたときだろう。
せめて今日ドイツに旅立つ前に最後に軽く会話をしたかったのだろうなと、母さんからの様子から良く伝わった。
「でも、希美さんから言伝を預かってる」
そう言うと、下を向いてた母さんは顔を上げた。
「昨日は楽しかったです。また日本に戻ってきたら今度は二人で食事しましょうってさ」
「の、希美ちゃん……」
珍しく母さんは弱々しい声を漏らした。
母さんは優奈のことも希美さんのことも、相当好きなようだ。三人が仲良く話している様子は見てて微笑ましいしほっこりする。
「ほら。朝飯も用意してくれてるからとっとと食卓に着いてください」
「ありがとー……ん?してくれてる?」
俺の言葉が引っかかったのか、母さんは首を横に傾げた。
「お義母さま。おはようございます」
「ゆ、優奈ちゃんっ!?」
キッチンにいたエプロン姿の優奈が姿を見せて、母さんは驚いた声を上げて立ち上がる。
「ど、どうして良介の家に……?」
「二人とも向こうに帰ってしまったので寂しいですし……それにお義母さまにわたしの朝食を食べていただきたいと思ったので……簡単なものなのですけど……」
「あ、ありがとう。いただくわね」
まだ驚いた様子を見せ続けている母さんはゆっくりと歩いて食卓に座る。
食卓には三角に綺麗に握られたおにぎりとワカメとネギのお味噌汁がラップされた状態で置いてある。味噌汁は母さんが起きたタイミングで優奈が温め直していたので、美味しく飲めることができるはずだ。
いただきます、と母さんは手を合わせてお味噌汁を啜る。
「はぁー。体に染みるわー」
ホッと一息をして、母さんは感想を口にする。
「どうですか?お口に合うといいのですけど……」
「とても美味しいわ。おにぎりもいただくわね」
母さんはラップをはぐっておにぎりを食べ始める。しばらく食べ進めていると、母さんは口を窄めて身体を震わせた。おそらくおにぎりの中身は梅干しだったのだろう。
その後もおにぎりと味噌汁を食べ進めて、優奈の作った朝食はあっという間になくなった。
「ご馳走さま。美味しかったわ」
「お義母さまのお口に合って良かったです」
母さんは優奈に視線を向けて優しく微笑むと、優奈も口元を綻ばせる。どうやら朝食を食べている間に完全に酔いが覚めたようだ。
「良介は毎日優奈ちゃんのお味噌汁を飲んでるわけでしょ?」
「まぁな」
「これからも毎日このお味噌汁良介が羨ましいわ。この家にもちょくちょく優奈ちゃんの私物が見受けられるし、もういっそのこと二人で……」
「はいはーい。朝食を食べ終わったのならさっさと家に帰ってくださーい」
また面倒なことを言ってしまう前に、俺を荷物を手渡して母さんの背中を無理やり押して玄関に向かわせる。
これでは酔っ払う前となんら変わらない。恋愛話が好きな点ではシラフでも酔っ払いでも同じか。希美さんともよく話が合うわけだ。
「ちょっとー。母親を追い出そうとするなんてー。それでもわたしの可愛い息子かー?」
「どうせ明日になったら帰省して戻ってくるんだからそんときにまた相手するから、今日はとりあえず帰ってよ」
「もー分かったわよ。優奈ちゃん。それじゃあまた実家で。待ってるわね」
「はい。またお世話になります」
優奈が母さんに向けてペコリと頭を下げた。
俺が遮った母さんの言葉の最後。何を言おうとしていたのかは俺も優奈も分かっていて、優奈の頬はほんの少し赤らんでいるように見えた。
大好きな息子と優奈の前だと少しウザくなってしまう母さんですが、普段はしっかりしてる人ですよ。




