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酔っ払いと酒豪

 二時間後――


「それでね!良介が一人暮らしするって言ったとき寂しかったの!旦那もいないし良介一人暮らし始めちゃったらわたしは一人になっちゃうから本当はしてほしくなかったの!でも母親として息子のわがままは聞いてあげたいじゃない!でも本当に一人暮らし始めちゃったら寂しくて寂しくて!」


「そうですよね。わたしも優奈を日本で一人になんて本当はさせたくなかったですもの。でもこれ以上辛い思いをさせたくなかったし……でもどうしても不安になっちゃいますよね」


「希美ちゃん分かってくれる?」


「えぇ。沙織さんの気持ちは痛いほどによく分かります。親なんですから心配で堪らないですよね」


 母さんは親になったものにしか分からない愚痴のようなものをこぼして、その言葉に深く頷いている希美さんは母さんを慰めていた。

 二人の前にはボルドー型のグラスが置いてあって、赤ワインが注がれている。

 圭吾さんが用意した缶ビールはとうの昔に空になっていて、事前に用意していた赤ワインを開けて、大人の味を楽しんでいた。


「母さんのあんな姿初めて見たわ」


 母さんの顔は既に真っ赤に染まっている。泣き上戸というわけではないが、瞳を潤ませて今も希美さんに話しかけていた。

 

 俺の前で酒を飲んでいる姿はあまり見せない母さんだったので、酔っ払うとあんな風になってしまうのかと、親のあの姿はあまり見たくなかった思いと悪がらみされている希美さんに申し訳なさがある。少々肩身が狭い思いをしながら、海苔の上に酢飯、そして好きな具材を巻いて口に運んでいた。


「つーか希美さん酒強いんだな。顔赤くなってないし酔ってる素振り一つ見せないしさ」


 母さんと同じ量を飲んでいるはずなのに、顔を赤くして呂律が回らなくなってきている母さんと対照的に希美さんは顔色一つ変えずにワインを優雅に口にしている。

 飲み初めからグラスが唇から離れるまでの姿勢と動作から見て、飲み慣れていることがよく分かった。


 俺は手巻き寿司を頬張りながら、隣に座っている優奈の方を見る。優奈も小さな口で手巻き寿司を食べ進めていて、飲み込むとこちらを見た。


「お父さんと付き合う前は毎日バーに行ってたらしいですよ。お母さん曰くお酒で酔ったことないって」


「まさかの酒豪だった」


 年齢をまるで感じさせない美貌の持ち主。お淑やかで上品、旦那を立てるのが上手な希美さんからは一番かけ離れているもので、俺は驚きの声を上げずにはいられない。


「良介くんもお酒は飲めるようになっておかないとね。ほら。大人になるとそういう席とかも自然と増えちゃうから」


「俺、希美さんみたいな酒豪にはなれないですよ」


 己の酒の強さは遺伝でほぼ決まってしまう。母さんも飲めないほどではないが、少し酒が入ってしまうと泣き上戸になってしまう。父さんも酒にはそれほど強くなかったと思うので、俺はほどほどに飲むのが一番いいのだろう。


「ふふっ。別にわたしほど強くならなくたって、ある程度で飲めることができればそれでいいのよ。理想は誰にも迷惑をかけない程度に程よく酔えるくらいが一番楽しいんだけどね」


「だとしたらうちの母さんはまずアウトですね」


「沙織さんはまだ大丈夫よ。わたしも話してて楽しいから。問題は……あっちの方ね」


 そう言って小さく微笑んだ希美さんは視線を別の場所に移す。そこには敷かれたカーペットに横になっている圭吾さんの姿があった。

 自分で用意したお酒は楽しそうに飲んでいて陽気に話しかけてくれたのだが、ワインに口をし始めると顔が真っ赤に染まっていって、気がついたら眠っていたのだ。


「あれぐらい酔っ払っちゃうと他の人にも迷惑をかけちゃうから二人はそうならない程度にお酒を楽しむようにしてね」


 希美さんのアドバイスに俺と優奈は頷いた。


 優奈はどちらを受け継いでいるのだろうか。

 希美さんを強く受け継いでいるのなら、将来は酒豪になるだろうし、圭吾さんなら母さんよりも酒は弱い。両方ならば、俺と同じくらいだろうか。

 それは二十歳になってからのお楽しみということで、とっておくとしよう。


「りょーすけ!」


 グラスを置いた母さんが俺の名を呼ぶ。その割には瞳は焦点が合っていない。完全に酔っ払っていて、俺のことはぼんやりと写っているだろう。


「たった今希美さんが言ってた駄目な酔っ払いの仕方してんじゃんかよ」


「りょーすけはさ。優奈ちゃんのことどれくらい好きなの?」


「ゴフッ!ゲホッ!」


 母さんの発言に驚いて、口の中にあった手巻き寿司が気管に詰まって思わず咳き込む。優奈がすかさずお茶を差し出してくれたのでそれを飲み干して呼吸を整える。


「そ、それは今ここで言わなくてもいいだろ。それより母さん相当酔ってるから水でも飲んで酔い覚ましてよ」


「いいから答えなさいよ!将来奥さんになるかもしれない娘のことを息子がどれだけ想ってるか把握することは母親として当然のことよ!」


「当然のことじゃねぇ!母さん今どれだけ巨大な爆弾投下したのか分かってんのか!せめて俺と二人きりのときにしてくれよ!優奈がすぐ横にいるのに答えられるわけないじゃん!」


 チラッと優奈を見れば、お酒なんて飲んでいるはずのない優奈の顔は熱を宿していて赤くなっている。


「この質問の回答はわたしも少し気になるわね」


「さては希美さんも酔ってますね」


「あら。わたしは見ての通りシラフよ」


 希美さんはそう笑ってグラスに残っていたワインを飲み干す。既に酔っ払って目がとろんとしている母さんと比べて希美さんの瞳は据わっている。酔っ払っていないことは明白だ。


「久しぶりね。友達の恋バナを聞いて盛り上がるこの感じ。学生時代を思い出すわ」


「希美さんが聞こうとしてる相手は娘の彼氏ですけどね。しかも恋バナって誰のことが好きって聞くものであって、好き度を聞くものじゃないような気がするんですけど」


「いいから早く答えなさいよ。優奈ちゃんだって興味深々そうだし」


 優奈は何か期待するような瞳を向けて、言葉を発することもなくただジッと俺を見つめている。

 三対一という完全アウェー。しかも逃げ場のない状況で答えることしか道が残されていないことを悟った俺は、半ば諦めたようなため息を漏らす。


「どれだけ……って言われたら表現は難しいけど、そうだな。俺が今世界で一番好き……だって言えるくらいに好きだよ」


 俺が少し恥ずかしげにそう答えると一拍置いて、


「キャッ!世界で一番好きだって!りょーすけもキザなこと言えるようになったものねー!」


「あーはいはい。どもども」


 黄色い声を上げて年不相応にはしゃぐ母さんに俺は適当な返事を返して流す。


「良かったわね優奈。良介くんに世界で一番好きって言ってもらえて」


 希美さんが優奈に微笑みかけると、優奈は顔をさらに赤くしながらも小さく頷く。今思えば、母さんと希美さんが俺と優奈を弄って楽しんでいるというそんな絵面になっていることに気がつく。


「わたしたちがいるからりょーすけは絶対に嘘は言えないわよ。仮に嘘言っててもバレやすいからすぐに分かるし」


「なんでこの場面で嘘言わないといけないんだよ」


「圭吾さんが起きてなくて良かったわ。起きてたらこの場は今頃修羅場になっていたかもしれないわ」


 通常の圭吾さんなら静かに怒っていただろうが、お酒が入っている状態だとどんな状態になっていただろうか。まるで想像できない光景で、俺はただ苦笑を浮かべた。


「さて!聞きたいことも聞けたしもう一杯飲みましょう!」


 そう言って母さんは空になっている希美さんのグラスにワインを注ぎ始める。酔っ払っているが母さんはまだ飲み足りないらしい。


 もうやめておいた方が、と忠告はしたのだが、全く耳に入っていない様子で希美さんとの会話を楽しんでいる。希美さんがいるので大丈夫だろう。明日は二日酔いで苦しんでいるところが容易に想像できるのだが。


 俺は疲れを吐き出すように深いため息を漏らして残っていた酢飯と具材を集めて手巻き寿司を作る。


「良くん」


 優奈が口を俺の耳元に近づけてきた。


「わたしも、良くんと同じくらい好きですから」


 優奈を見ると、嬉しそうにはにかむ優奈の笑顔がそこにはあった。母さんと希美さんは話に夢中になっていて気づいていない。見られていたらまた二人に弄り倒されていたはずだ。


 耳元で愛を囁かれて、耳が真っ赤になっている自覚を持ちながら俺は手巻き寿司を食べた。

三人のお酒の強さ度


希美

自他共に認める酒豪。

若い頃はウォッカのロックを好んでよく飲んでいた。

希美を狙って声をかけていた男性たちをことごとく返り討ちにした。

バーでの酒の飲み比べ対決114戦中114勝


「わたしにとってウォッカ?そうね……仕事で疲れたわたしを癒してくれる相棒……かしら?」


ワインは深みがあって少し刺激のあるブドウジュースくらいの感覚で飲んでいる


沙織

そこそこ飲める。

ただし酔っ払うと泣き上戸になって面倒臭い。


圭吾

お酒はすごく好きだけどすごく弱い。

調子良くて缶ビール三本。悪いときは一本でダウン。

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