親友の手助け
俺は困ったと言わんばかりの溜息を漏らしていた。
「自分勝手もいいところですね。それに良くんのことをあんなに悪く言って。あの人は良くんのことを何も分かっていません」
どうやら俺より、天野さんの方がご立腹のようだ。あここまで怒りをあらわにする彼女は初めて見た。
「勝負は……もうほとんどの生徒に周知の事実として広まっているんだろうな」
「今から断るってことも……」
「そしたら余計に反感を買ってしまう。天野さんにだってこれ以上の迷惑が被る可能性もある」
学校を出ようとしたときも、何やらジロジロ見られていたのを感じた。「頑張れー」などと声も聞こえた気もした。
ああして周りを巻き込んで、自分の味方につけた時点で海老原の勝ちだ。癪だが勝負を受けて勝つしかない。
「分かりました。絶対に勝ってくださいね。でないとわたし、あの人と毎日登下校しなくてはいけなくなりますので」
天野さんは明らかに嫌そうな表情を浮かべている。どうやら海老原とは何としてでも一緒にいたくないらしい。
「それに、お弁当も作ってあげられなくなってしまうかもしれませんから」
俺は「あー」と思わず納得してしまう。
話したのはあの場だけだったが、海老原の天野さんに対する執着は尋常じゃない。その姿には恐怖や嫌悪を覚えてしまうくらいで、なんならストーカーの一歩手前まできている。
おそらく海老原が天野さんのボディーガードになった場合、他の男と話すの禁止とか何かと制限をつけてきそうだ。
「あぁ、分かってるよ」
最初は戸惑いがあったが、ようやく少し慣れてきたところなんだ。そこのポシジョンはすんなり渡せるような安い場所ではない。
「期待してます」
天野さんはそう言って、ようやく笑顔を見せた。
☆ ★ ☆
「良介。ほい」
次の日の朝、学校に来ると斗真からいきなり一冊のノートが渡された。
「読んでみろよ」
「ええと……海老原大和。中間テストは二十九位。陸上部に所属しており、主に中距離の選手として出場……ってなんだよこれ」
「打倒!海老原分析ノート」
斗真の言う通り、そのノートには言葉通りの文字が書かれている。
「天野さんの王子様ポジを守るんだろ。だったらそれ読んで対策練っとけ」
俺はペラペラとノートをめくっていく。
彼の五十メートル、短距離、中距離の自己最高タイム。性格など細かく書かれていた。
「すげーな。昨日だけでよくもまぁ。部活もあっただろうに」
「これぞ人脈の力なり」
斗真は腰に手を当てて、胸を張った。
斗真はその性格から友達が多い。大抵の人間となら初対面で打ち解けることができる。昨日の種目決めでも、ほとんどのやつと仲良くなっていた。海老原といった例外を除いての話ではあるが。
「海老原にはムカついたからな。案外……というかほとんどのやつが嫌そうな顔しながら教えてくれたよ」
特に性格の欄に至ってはほとんど悪口で埋め尽くされている。あれだけ自分勝手な行動をとっているようでは納得もいく。
俺は海老原の五十メートル走のタイムに目をやる。六秒三。一年にしてはなかなか早い方だと思う。
「サンキュ。あとで読んでおくよ」
「負けたら丸坊主な」
「罰にしては重くない?」
「それぐらいの気持ちでやれってことだ。天野さんとられたくないならな。真司も秀隆も頑張れってよ」
珍しく斗真が真剣な表情を浮かべている。
それだけ応援してくれているということだろう。
「おう。本番楽しみにしておけよ」
親友の言葉に背を押され、俺は言った。
☆ ★ ☆
「天野さんはなんの競技に出るんだ?」
帰り道、俺は気になって彼女に尋ねた。天野さんは大きな瞳をこちらに向けて、
「台風の目と玉入れ、そして混合リレーです」
「あぁ、天野さん足速いもんな」
と言うことは、真司と秀隆と一緒の種目で走ると言うことか。
一度だけ彼女の体育の姿を見たことがある。
確かバスケをやっていた。ドリブルをするときはスピードが落ちるはずなのに、彼女は全く落ちない。柔らかなボールタッチで生徒たちを置き去りにしていき、華麗なレイアップシュートを決めていた。
男女混合リレーは男女が交互に走る競技であり、女子は百メートル、男子は二百メートルを走ることになっている。
「でもわたし、リレーはあまり出たくなかったんですよね。あまり目立ちたくないんですよ」
「でもバスケのときは凄かったじゃん」
「あれは授業であって成績に関わりますから。まぁほどほどに頑張ります」
やる気はあまり感じられないが、頑張る意思はあるようで俺も微笑した。
海老原が勝手に挑んできて、勝手に勝負することになった体育祭での各団選抜リレー。
斗真や真司、秀隆も応援してくれているのだ。今、負けられない戦いが始まろうとしていたーー。
その前に、俺たちには超えなきゃいけない壁がある。来週の土曜。我が家にラスボスと呼べる存在が現る。その日はあっという間に訪れてしまった。
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