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三日ぶりの彼女

 二日後――

 

 玄関の扉が開錠された音に気がついた俺は、走らせていたシャーペンを机に置いて玄関へと向かう。


 そこには数日ぶりに見たクリーム色の髪と美しい瞳、綺麗で白い肌を持った愛しの彼女がいた。


「おかえり」


「ただいま」


 優奈の可愛い笑顔と電話越しじゃない生の声が目と耳に届いて、帰ってきたんだという実感が湧いてきた。


「はいこれ。お土産です」


「これはこれはご丁寧に。どうもありがとう」


 優奈から渡されたお土産に視線を落とすと、それは北海道のお土産の中で人気だと言われているクッキーのお菓子だった。二つ渡されたのでもう一つは母さん用のものだろう。


「ここで話すのもあれだし部屋に上がったらどう?あ、もしかしてすぐに家に戻らないといけなかったりする?」


「いえ。二人ともわたしたちが久しぶりに顔を合わせて話したいだろうからって言ってくれたので。それにわたしも良くんと喋りたかったですから」


「俺も優奈と話したかったよ。それじゃあ上がって上がって」


 どうやら圭吾さんと希美さんには考えていることなどお見通しだったようだ。俺は二人のお心遣いに感謝して優奈を部屋に上げる。


「良くん。これは……」


 リビングに入って優奈が驚いたように呟く。

 優奈の視線はテーブルに向けられていて、そこにあったのは数冊の参考書と広げられていたノートだった。


「夏休みの課題はもう終わったからな」


「えっ?もうですか?確かに毎日コツコツやっているのは知ってますけどそれにしても……」


 夏休みの課題はかなりの量が課されていて、俺の当初の予定では実家に帰省しているときに終える予定だった。

 だが、自分の進むべき道が見えて今やるべきことを考えたときに、真っ先に高校の課題を終わらせるべきだと判断した俺は、前倒しで全ての課題を終わらせて今こうして受験勉強を行っている。


「今テーブル片付けるからちょっと待ってて」


 優奈から受け取ったお土産を棚にしまってテーブルの上にある参考書とノートを片付けたあと、麦茶が入った優奈専用のコップを渡す。


 優奈の隣に座ると、俺は思わず口角を上げてしまって、優奈は少し不思議そうにして目を丸くしていた。


「いや。もうすっかり俺の家に上がることに慣れたなって思ってさ。最初の頃とかはお邪魔しますだったのにさ」


 今では一緒に出かけて帰ってくるときはリラックスした声でただいま、と言って上がってくれるようになった。まるで俺の家を自分の家のように思ってくれているような気がしてとても嬉しかった。


「わたしもいつの間にかただいまって言うようになってて。一日の半分以上を良くんのお家で過ごすようになったからですかね」


「今じゃ俺の帰りを出迎えてくれるようにまでなったしな」


 以前に半分同棲と茶化されたことがあったが、本当にそうだと思う。それが当たり前だと思っている俺がいた。


「これからも美味しいご飯作って待ってますからね」

 

「頼もしいな。期待しているよ」


 お互い顔を見合わせて淡い笑みをこぼした。


「ところで、良くんのオープンキャンパスの方はどうだったんですか?」


 優奈はお茶を口に含んだあと、そう尋ねてきた。


「とても良かったよ。大学の外観はとても綺麗だったし設備も充実してた」


 俺は筑江大学で感じたことを優奈に話し始める。大学内の雰囲気や実際に体験した授業内容、何もかもが高校とはまるで違くて、とても有意義な時間を過ごすことができたことを。


「筑江大学は俺がオープンキャンパスに行った三校の中で一番偏差値が高いからな」


 自分の実力が今どれほどかは全国模試を受けてみなければ分からないが、今の学力で簡単に受かるほどの大学ではないことは重々理解している。

 どこの大学に行くとしても、受験勉強を始めるのは早いに越したことはない。


 俺は大きな欠伸をして目を擦る。


「良くん。最近はちゃんと寝てますか?」


「おう。ちゃんと眠ってるぞ」


「何時ぐらいにベッドに入ってます?」


「ここ二日は三時くらいかな。それで七時に起きてる。そこから家のことや買い物に行ってバイトある日はバイト行って、それ以外は課題と勉強かな」


「四時間しか眠っていないじゃないですか!」


 優奈は言葉に力を込めて言うと、深いため息を吐いて両手で俺の頬を挟む。


「ゆ、ゆぅな?」

 

 頬を挟まれながら、俺は優奈を見下ろした。いつも優しい優奈の瞳は釣り上がっていて、怒っていることは容易に分かった。


「確かに勉強することは大事ですけど、それ以上にもっと自分の身体を労ってあげてください。それで体調を崩したら元も子もありませんよ」


「ゆぅなしゃん。ほぉをぐるぐるすんなー」


 優奈が頬を挟んでいる手を円を描くようにゆっくりと回しているので言葉が上手く話せない。


「わたしは元気な良くんを見ていたいんです。体調を崩して元気がない良くんはあまり見たくありません」


「で、でもぉ……」


「でもじゃあありません。ちゃんと息抜きしてください。分かったって言ってくれるまで良くんのほっぺたずっと触ってますから」


「むぐぅっ……」


 優奈の両手は離れることなくずっと俺の頬にくっついている。こんな状況じゃなければ優奈の手の感触を楽しんでいたのだが。

 そもそもこの状況で話せるわけがないので、言葉を発する代わりに俺は首を何度も縦に振ると、程なくして優奈は両手を離した。


「わ、分かった。ちゃんと息抜きはするよ」


「良くんは集中しすぎちゃうことがありますから、そうなったら声をかけるまで気付きませんからね」


「それならまた漫画や小説でも読み直そっかな」


 首を横に曲げて太い音を鳴らしながら、俺は呟いた。宮島教授の本もまた最初から読み直してみるのもありだな、と考える。


「まず今日は早く寝てください」


「ん。分かったよ」


 確かに今になって身体が少し重いように感じる。優奈の言う通り、今日は身体を休ませてやったほうがいいのかもしれない」


「あとは……」


 優奈は両手を広げて、俺の身体にくっついてくる。三日ぶりの優奈の感触はとても懐かしく感じて、俺は頭に手を置いて優しく頭を撫でてやる。


「これは勉強を頑張った良くんへのご褒美です。今日はわたしで癒してあげます」


「ん?優奈が俺に抱きつきたかったわけじゃなくて?」


「良くんを癒す目的ですよ」


 そう言いながらも優奈の頬は緩んでいた蕩けた表情を浮かべては顔を俺の身体に埋める。


「素直じゃないなぁ」


「それは……良くんに触れたかったのはもちろんありますけど……それ以上に良くんを元気にしてあげたいって言う気持ちが一番ですよ……」


 からかうようにして笑えば、優奈は顔を上げ頬は赤くして小声で呟く。きっとどちらも本音だろう。触れたいと言った可愛らしさと癒してあげたいと言った優奈の優しさをしっかりと受け取って、俺はもう一度笑う。


「じゃあ今日は存分に優奈で癒されるとしようかな」


 俺も腕を優奈の背中に回して、優奈が帰ってきたことを再度確認するようにと、いつもより少し強めに抱きしめた。

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