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講演会

仕事の都合上、今週はこれぐらいの時間の投稿になります。

 俺は教壇に立つ男性――宮島教授を中段の席から見つめていた。

 柔らかな印象だがキリッとした顔立ちは圭吾さんとどこか似ているところがある。見た目はとても若々しく見えておそらく三十代前半くらいだろう。黒髪も邪魔にならない程度に切り揃えられていて外観にかなり気を遣っているのだと感じた。

 

 宮島教授は大会議室に座っている俺たちをぐるりと見渡すと爽やかな笑みを浮かべて、


「えー。こんにちは。ご紹介に預かりました、宮島勉(みやじまつとむ)です。今日はオープンキャンパスに参加してくれている高校生の姿も見受けられるのでわたしについてもう少し深く自己紹介をさせていただきます。わたしは主に教育学部の授業を受け持っていて、ここに来る前はとある高校の教師、さらにその前は中学校の教師を勤めていました」


 簡単な自己紹介を済ませていく宮島教授に、俺は少なからず驚きを隠せなかった。

 これだけ広い大会議室をほんの一瞬見渡しただけで、俺を含めた高校生がいることを瞬時に理解したのだ。確かに制服で参加している高校生もいるにはいるが、前席は大学生で埋め尽くされていて中段から後段の席に俺たちが座っている。

 視力がいいのもあると思うが、周りが良く見えていると俺は思った。


「最近、皆さんから見たわたしの印象が気になってちょっと尋ねてみたんですよ。そしたら真面目そうとか堅物だとか休日は家で難しそうな本を読んでそうとか、皆さん口を揃えて言うんですよ。ぶっちゃけそんな風に見えるって言う人、手を挙げてもらっていいですか?」


 大会議室にいるほとんどが手を挙げていて、俺もその中の一人だった。下ろしてもらって大丈夫です、と宮島教授の声で俺たちは手を下ろす。


「実はですね。わたし音楽が凄い好きで休日は好きなバンドのライブに行ったりしてるんですよ。それに一時期はバンドとか組んでたりして、ギター弾きながらヘドバンなんかやったり……」


「へぇー」


「なんか以外ー」


「今度の文化祭で弾いてもらおうぜ」


 大会議室は驚きと何やら計画を企てるような声が聞こえてくる。


「あ、でも何年も前の話ですよ。今となってはもう弾けないですから変な無茶振りされてもやりませんよ……ってなんの話をしてんだよって思いましたよね。すみません」


 小さな笑い声が大会議室に聞こえて、宮島教授は気を取り直すかのように一度咳払いをして、席に座る俺たちを見つめた。

 優しさは残りつつも、掴みの話のときより真剣味を帯びていた。それに当てられて、俺たちも背筋を伸ばして姿勢を正す。


「それでは講演会の方を始めさせていただきます。皆さんにとってより良い時間になる講演会にしたいと思いますのでよろしくお願いします。それでは早速……」

 

 ここから約一時間ほど、宮島教授の講演会が始まった。


☆ ★ ☆


「――と言うことで、皆さんもこの先の人生、悔いを残すことがないように日々を過ごしてください。以上で講演会を終了させていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました」


 宮島教授は持っていたマイクを離して軽く会釈をすると、大会議室は大きな拍手に包まれた。


 淡い微笑を浮かべて、宮島教授は大会議室を後にする。そのあと、司会役の講演会の終わりのアナウンスの言葉が響いた。


「あー。色々とタメになったなー」


「俺は講演会よりみやじーのヘドバンが頭から離れなくて全く話し入ってこなかったわ」


「それな!意外過ぎて大爆笑しそうになったわ」


「ねぇー。このあとお茶行かない?」


「いいよー。ついでに明日までに提出するレポートも一緒に片付けない?」


 参加していた生徒たちはぞろぞろと大会議室を退出していく。俺もメモ帳を鞄の中にしまって、人混みを掻き分けるように進みながら会議室を出ると、俺は走り出した。


 今日を逃してしまえば、もう二度と話すことはできないかもしれない。なんとしてでも会って聞きたい。俺は周りを見回しながらキャンパス内を走り回るも、宮島教授の姿は見当たらない。


 そもそもドーム三十個分の広さを有する筑江大学に、大勢の大学生が往来しているのだ。人を探すのにも一苦労だし、どこを探せばいいのかも分からない。

 半ば諦めかけていた俺は、とりあえず飲み物を購入しようと、キャンパス内にあるコンビニへと向かう。


「人すっげ……」


 コンビニに着くと、レジに並ぶ大学生の行列ができていて、俺は衝撃を受けたような声を漏らした。確かに時間は昼過ぎを迎えているので、一番混みやすい時間帯だろう。


 コンビニは諦めて、俺は自販機へと向かって歩き出す。自販機は大会議室に向かう前に確認したので場所は把握している。


 自販機の前に立ってお金を入れて俺が決まって飲む缶コーヒを選択する。取り出し口から取り出して、近くにあるベンチにでも座って休もうと思っていたそのとき――


「あっ」


 俺は思わず声を漏らした。

 そこには、いかにも高級そうなお洒落な長財布を手にした宮島教授の姿が、そこにはあった。


「きみは確か……さっきのわたしの講演会に参加してくれてましたよね」


 宮島教授は優しい笑みを携えていた。


「は、はい。素晴らしい貴重なお話をありがとうございました」


「そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」


 宮島教授がまさか目の前に現れるなんて……俺は驚きを隠せなかった。

 だが、こんなチャンスはもう二度と巡ってこないだろう。俺は緊張で乾きそうになっている口を開く。


「あの……宮島教授……」


「なんでしょう?」


「えっと……その……少し聞きたいことがあるのですが、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「はい。大丈夫ですよ」


 俺の突然のお願いに、宮島教授は嫌な顔を一切浮かべることなく快く受けてくれた。

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