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後輩

 その日はバイトのシフトが一日入っていた。

 重い身体を動かすたびに筋肉痛が襲いかかってくるのだが、それを悟られぬように接客スマイルを作って応対する。


 一組がファミレスから出て行って、テーブル席の皿を片付け終えたところで、俺はようやく疲れを吐き出すように吐息を漏らした。


「カッキー先輩!」


 活き活きとした若い声が背後から聞こえる。振り返ると腰が軋み、来店客は誰もいないので表情を僅かながらに歪めて、声の主の方を見る。


「大丈夫っスか?」


「あぁ、大丈夫だよ。それよりなんかあったか?春翔」


 俺の身を案じるように心配そうに聞いてくる少年――林春翔(はやしはると)に俺は笑いかける。


 春翔はつい一ヶ月ほど前にバイトとしてこのファミレスに働き始めた商業高校に通う高校一年生だ。

 元気が良く性格も素直。挨拶もしっかりできていて、接客の仕事も凄い勢いで吸収しているので、働き始めてニヶ月だがこのファミレスでは既に愛されキャラとしてポジションが定着しつつある。


「俺今から休憩行くっスけどカッキー先輩も休憩入られますよね?」


「おう。そのつもりだけど」


 今は来店客が落ち着く時間帯である。もう少しで人の出入りが激しくなるので今のうちに休憩をとっておくべきだ。


「じゃあ一緒に更衣室行きましょう!カッキー先輩に結構真面目な相談があるんスよ!」


「あぁ。いいぞ。すいません。俺と春翔休憩入りますね」


 同じシフトに入っている接客スタッフに休憩に入ることを伝えると、俺と春翔は更衣室に向かう。簡易的なパイプ椅子に腰を下ろしてペットボトルの蓋を開けてお茶を二口ほど飲む。


「それで、話したいことってなんだ?また勉強のことか?」


 小さく息を吐いて口元を拭ったあと、俺は春翔に視線を向ける。春翔も同じく美味しそうに飲み物を口にしていて、飲み干すと「ぷはー!生き返るー!」と口に出すと、「いやいや」と手を横に小さく振って、


「どうやったら先輩みたいに可愛い彼女ができるのか教えてほしいっス!」


 曇りのない瞳を真っ直ぐこちらに向けて頭を下げる姿はまるで、師匠に教えを乞う弟子のようだ。


「どうしたんだ春翔?いきなりそんなことを聞いてきて」


「いきなりもなにもないっス!俺もう高校生なのに未だに彼女いない歴=年齢なんスよ!これじゃあ何のために高校に入ったのか分からないっス!」


「勉強するためだろうが」


「そりゃ先輩は可愛い彼女がいるからでしょうっス!いなかったら先輩だってきっと今頃俺と同じこと言ってるに違いないっス!」


「言わねぇよ」


 ギャーギャー喚き散らす春翔に俺は思わず頭を抱えて、呆れたようにため息をこぼす。


 俺の反応を見て、春翔は「なんでため息吐くんスか!」と納得いかない表情を浮かべているが、俺から言わせれば真面目な相談だと言うから親身になって耳を傾けていたのに、蓋を開ければ彼女の作り方などを聞いてきたのだから、ため息が漏れたって仕方がないだろう。


「どうやったら可愛い子と付き合あえるかって言ったって……そもそも春翔は同じ高校で気になる子とかはいないのか?」


「いないっスね。うちの高校の女子はなんか男勝りな女子が多いんスよね。男子より男子してるんスよ。そんな女子を好きになれって言われても正直きついっス。もっと女の子してる子がいいっス」


 だからあり得ないっスね、と春翔は苦笑する。


「じゃあ……趣味を増やしてみるとかは?」


 興味があるものとかとりあえずなんでもいい。そうすれば自然とコミュニティを増やすことができるだろう。そのコミュニティで波長の合う可愛い女子と出会うことだってあるかもしれない。


「趣味か……先輩の趣味ってなんスか?」


「これを趣味って言えるか分からんけど、料理とか掃除とか……最近は裁縫とかも」


「随分と家庭的な趣味っスね」


「やかましいわ」


 優しめに春翔の頭にチョップを落とすと、「痛ったー!」と大袈裟なリアクションを取って頭をさする。


「でもそのおかげで家庭部や手芸部の女子と仲良くなることだってできたぞ」


「んー。ちょっと家でじっくり考えてみるっス」


 春翔はしばらく腕を組んだあと、そう結論を出した。


「あとやっぱ勉強はできた方がいいよな。分からないところ聞かれやすいし」


「おっ。自慢っスね」


「春翔ー。最近俺のこと舐めてるなー」


「だって先輩めっちゃ優しいっスもん」


 春翔はそう言って笑う。

 部活にも所属していない俺にとって後輩と接する機会はほとんどない。高校は違えど春翔は俺にとって初めてできた後輩なのだ。

 春翔は今こそ俺をからかってくるが、仕事のときはきちんと後輩として接してくるし、オンとオフの切り替えがしっかりしている。


 俺からしたら春翔は可愛い後輩だ。


 時計に目をやると、もうじき休憩時間が終わりそうだった。


「春翔。時間だからホールに戻るぞ」


 俺は立ち上がって軽く身なりを整えて、更衣室を出ようとする。


「ちょっと!まだ肝心な答えをもらっていないっス!どうやったら可愛い彼女ができるのか……」


「あ、先輩として一応アドバイス」


 ドアノブに手をかけようとしたところで、まだ俺の答えを求めようとする春翔に向けて、


「もし付き合うなら可愛い女の子よりも自分のことを本気で想ってくれている女の子と付き合った方が絶対に楽しいし幸せだと思うぞ。現に俺はそうだしな」


 優奈が俺のことを大切にしていると感じているからこそ、俺も優奈を大事にしたいと強く思える。

 いくら可愛くてもその子から想いが届かなければ、その子と過ごす時間は楽しいものとは言えないと思う。


 いつか春翔にも、春翔のことを大切に想ってくれる女の子と巡り会える日が来てくれることを願うとしよう。


「そんなこと言って、先輩の彼女めちゃ美人じゃないスか!先輩がそんなこと言っても説得力ないっスよ!」


「バレたか。ほら。早く行くぞ」


「待ってくださいよ先輩!」


 背中を追いかけてくる春翔を見てもう一度微笑んで、俺はホールへと向かった。

良介にも1人くらい後輩と呼べるキャラがいてもいいだろうと思って少し馬鹿っぽくて人懐っこい後輩キャラを描いてみました。


良介にとって、可愛い後輩です。

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― 新着の感想 ―
なんで後輩くんが良介の彼女が可愛いことを知ってるんすか? まだ知り合って2カ月の後輩に優奈の写真を見せびらかしたと?
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