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王子様とお姫様

「おい」


 腹の奥底から冷えた声が響く。

 

 俺の横隣には優奈がいて、目の前には大学生らしき男性が二人。一人は日焼けした褐色肌の腕を優奈に伸ばそうとしていて、触れる寸前で俺はその男の手首を掴んでいた。


「俺の彼女に何しようとしてんだ?あんたら?」


 その男性二人に今までにない怒気のこもった声と睨みつけるような鋭い視線を向けて、言葉を発した。


☆ ★ ☆


 遡ること十分ほど前――


「ご馳走様でした」


 買ってきたソフトクリームのコーンを食べきって飲み込んで、感謝の言葉を口に出す。


「美味しかったですね。ソフトクリーム」


 優奈も満足げな表情を覗かせていて、自販機で購入したペットボトルのお茶を喉に流し込んで、一息。俺もスポーツドリンクを蓋を開けて、喉の渇きを潤していく。


「んー。この後はどうしよっか?とりあえず色んなプールやアトラクションは回ったけど」


「施設にある温水プールは午後から行く予定ですし……またウォータースライダー一緒に乗りたいです……」


「おう。じゃあもう少し休んだら……」


 そのとき、一つのボールがこちらにコロコロと転がってきた。塩化ビニル樹脂の薄い素材でできたビーチボールは空気がパンパンに入っているので、大きくて柔らかく怪我をすることはない。


「ビーチボール……一体どこから……」


 ビーチボールは優奈の足元へと転がっていき、優奈は拾い上げて辺りを見渡す。


「すみませーん!」


 すると、十歳くらいの男の子が小走りでこちらに走ってくる。後からその子供の父親らしき男性も駆け寄ってきた。ビーチボールで遊んでいたときにどうやらこちらに転がってきてしまったようだ。


「はい。どうぞ」


 優奈が笑顔でボールを手渡すと、少年も屈託のない笑顔で「ありがとう!」と言って、父親も「すみません」と軽く頭を下げて、家族の元へと戻っていった。


「ビーチボールか。そういえば小学校での体育以来使っていないような……」


 小学校の頃はボールの硬さなど考慮して、ビーチボールでバレーをしていたが、中学からは普通のバレーボールでやっていた。

 ビーチバレーは柔らかく、また速度も出にくいので怪我をする心配がなくラリーが続きやすい。


「良くん。ご飯までビーチボールで遊びませんか?」


 懐かしさを感じたのか、優奈も同じことを考えていたようだ。


「そうだな。確か広場のある一番奥に遊具をレンタルできるお店があったような気がする」


 確か数量にも限度があるので、行くのなら早くレンタルしに向かった方がいいだろう。


「いいですよ。わたしが借りてきますから。良くんは休んでてください」


「ううん。俺が行くよ。優奈こそ休んでてよ」


「良くんには色々とわがままに付き合って貰いましたから」


「いや。でもさ……」


「それに……お家に帰ったらわたしのこと可愛がってくれるんですよね?もっと可愛がってもらうために……今のうちに徳を積んでおきます」


 優奈は恥じらうように俯いて、こちらを上目遣いで見てははにかんでくる。その表情を見せられては何も言うことができなくなってしまう。

 反則だろ、とだけ心の中で呟ながら、優奈の言葉を受け入れつつ、「あっつ……」と俺も微かに上昇した顔の熱を誤魔化すようにした。


「じゃあお願いしようかな。はい。スマホとお金。これだけあれば足りると思う」


 優奈にスマホと五百円玉を手渡すと「行ってきます」と笑顔で向かって行ったので、「いってらっしゃい」と声をかけて、パラソルでできた陰でのんびりと過ごしながら、優奈が戻ってくるのを待っていた。


☆ ★ ☆


 休んでいた地点から徒歩で三分ほど歩いた場所に遊具をレンタルできるお店があって、優奈はそのお店に入る。


「すみません。ビーチボールをレンタルしたいんですけど……」


 優奈が五十代くらいの中年男性に声をかける。


「はいよ。運が良かったね。ちょうどラスト一個だ。そしたらこの名簿に名前だけもらってもいいかな?」


「はい」


 優奈は頷いて男性からボールペンを受け取ると、丁寧で綺麗な字で名簿に名前を記載する。名簿を返して中年男性が確認すると、優奈にビーチボールを手渡した。

 ビーチボールのレンタル料は二百円。優奈は五百円を払って三百円のお釣りを受け取った。


「それじゃあ帰るときにまた返しにきてね」


「はい。ありがとうございます」


 優奈の見せた穏やかな笑顔に、中年男性の頬が少々緩んでいた。


 優奈は店を出て、若干浮かれたような足取りで良介の元へと向かう。


 (良くんとビーチバレー。楽しみだなー)


 と、期待に胸を弾ませていると、向かいから体格の良い二人の男性が歩いていた。 


 双方髪は染めていて、耳にはピアスが開けられている。一人は全身の肌が黒く焼けていて、もう一人はそれほどまで焼けてはいないが、二人とも日頃から外で活発的に動いていることが見てとれる。


 優奈はあの手の雰囲気の男性は苦手で、一度は文化祭で絡ませた経験もある。絡まれないようになるべく顔を合わせないようにして、少し歩く速度を速めて早く良介の元に向かおうとした。


「ねぇきみ」


 が、ここでも優奈の周りを目を惹いてしまう可愛さと美しさは悪い方向に働いてしまって、男性二人に絡まれてしまった。


「なんですか。わたし今急いでるんですけど」


 優奈はいつもより声のトーンをいくつか落として、警戒心剥き出しな瞳を男性たちに向ける。


「もし良かったらさ。俺たちと遊ばないかなって思って。きみみたいに可愛い子は放っておかないって」


「今日は友達と来てるの?ならその友達も呼んで一緒に遊ぼうよ」


 優奈の冷たい言葉に気にする様子もなく、男たちはカラカラと余裕のある笑みを見せていて、優奈にとってはそれが不快以外の何物でもなかった。


「そういうことならすみません。今日は彼と来ているので。それでは」


 あくまでも優奈は冷静に対応をとっていて、軽く会釈をすると、この場から一刻でも早く立ち去ろうと歩を進めようとする。


「ちょっと待てって」


 一人の男性が急ぐ優奈を堰き止めるように道を塞いで、ヘラヘラと口元を上げていた。


「彼が待っているんです。そこを退いてください」


「えー。そんな彼氏より俺たちと遊んだ方が楽しいよー。それにきみみたいな美人な子はそんな彼氏より俺たちと遊んだ方がいいって!」


 男はそう言って手を伸ばすが、優奈はその手を払い除ける。


 優奈も自分の身を守れるようにと、良介からある程度の護身術は教えてもらっていた。

 優奈に手を払われた男は「痛ってー……」手をひらひらとさせていた。


「もー。少しは話を聞いてよー。俺たちはただきみと遊びたいだけなんだってば」


 今度は褐色肌の男が手を伸ばして、優奈の手首を掴もうとした――。


「あ?」


 その前に、褐色肌の手首が何者かによって強く握られていた。その方向に顔を向ければ――、


「おい」


 腹の奥底から冷えた声が響く。


「俺の彼女に何してんだ?あんたら?」


☆ ★ ☆


「遅いな……」


 スマホを弄りながら、優奈の帰りが遅いことが気になっていた。

 

 距離はそれほどあるわけではないので、往復でも十分はかからないはず。が、既に時間は十分経過していて、今も優奈の姿は見当たらない。


 試しに優奈のスマホを鳴らしてみる。

 三コールほど鳴らしたのだが、優奈が電話が出ることはない。


 途端に嫌な予感して、様々な可能性が俺の脳を駆け巡る。

 もしかすると優奈の身に何かあったのかもしれない。

 気がつけば、俺は腰を上げて優奈の元へと走り出していた。


☆ ★ ☆


 俺は彼らを威嚇するような鋭い目を向けていた。きっと今の俺の目が、斗真の言っていた殺し屋の目というものなのだろう。


「電話したのに出ないから心配になって来てみれば……優奈。大丈夫か?」


 この状況から見れば、電話に気がつく余裕もないだろうし出ることもできないだろう。優奈を責めることはできない。


「はい。ありがとうございます。良くん……」


「無事なら良かったよ。本当に」


 優奈は俺の後ろに隠れるように、身を小さくしていた。優奈に優しい眼差しを向けて微笑む。

 そして目の前に立つ二人には、先ほどの目を向ける。次第に手首を掴んでいた手の力が強くなっていく。


 褐色肌の男の顔は苦痛で歪むと、器用に手首を捻って俺の手から逃れた。そして掴まれていた手首に触れながら、俺を忌々しく睨みつけていた。


「あんたら……」


 どこかで見た顔だと思えば、更衣室で着替えていたときに周りの迷惑になっていることにも気づかずに大声で話をしていた二人組かと気がつく。


「あ?」


「いや、こっちの話だ。それよりも俺の彼女に何か用でもありました?」


 俺は目の力を僅かに緩めて、問いかける。


「えー。本当に彼氏?お前が?マジでウケるんだけど」


「よく付き合えたね。いやあれだろ。お金か何か渡してその対価として付き合ってもらってるんだろ」


 俺の言っていることを信じない二人は、小馬鹿にするように声を出して笑う。


「どこ行っても毎回似たような言葉を言われるんだな」


 もう気にすることもなくなったのでなんとも思うこともなく、ただ苦笑して肩を竦めることしかできない。


「別に信じても信じなくてもあなたたちの自由ですよ。俺とこの子は付き合っていて、今日はここにデートしに来た。それが事実ですから」


 俺は優奈の手を繋いで彼らに見せしめるようにする。


「あと更衣室で着替えるときは周りに配慮してくださいね。別に話すなというわけではないですけど。ただみんな口こそ出していませんでしたが、かなり迷惑そうにしていたので。そんな人間性の人が、ナンパをしたところで上手くいくとは思えないんですが」


「このガキィ……」


「顔は整っていてカッコいいんですから、周りに気を配れるようになれば、ナンパなんてしなくても相応しい人が現れると思いますよ」


 二人は目元をひきつかせてこちらを睨んでいた。


「あと場所にも気をつけてくださいね。ここ。それなりに人が通るんですよ」


 彼らは頭に血が上っていて気づいていないようだったが、俺たちの様子を眺めている客の様子があって、それに屋台をやっている人の目も集まる。


「それなりに騒ぎになれば、大学生のお兄さんたちならこの先の言葉は……分かりますよね?」


 もし騒ぎになれば間違いなく不利になるのは彼らだ。この騒ぎの最初の原因は、優奈に声をかけたところから始まったからな。


「それで……まだ何かあります?」


 今度は俺が余裕な笑みを見せる。彼らは俺を睨み続けるが、ばつが悪くなったのか彼らはこの場から去った。


 俺は深いため息を漏らしては、後ろにいる優奈に振り向く。


「遅くなってごめんな。もっと早く来てればこんなことにはならなかったのに」


「ううん。良くんは悪くないんです。気にしないでください」


「それに怖かっただろ?」


「怖くなかった……ですよ」


「本当に怖くなかった?」


 俺は優しく優奈の頭を撫でてやる。


「少しだけ……怖かった……でも、良くんが助けにきてくれるって信じてたから……」


「俺はそこまで有能な正義の味方(ヒーロー)ではないんだよなぁ。今回はたまたまだっただけだ」


「でも助けに来てくれました。良くんはわたしの自慢の彼氏です」


 優奈は安堵の表情を見せる。ようやくいつもの優奈の優しい顔つきに戻っていった。


「褒めたって何もでないぞ」


「何か欲しくて言ったわけじゃないです。本心です」


「とりあえず、優奈の身に何もなくて本当に良かったよ。ここは暑いし早くパラソルの下に戻ろう」


 手を差し出すと、優奈は強く握りしめて俺の体温を感じるために身体を密着させる。少しだけ……と言っていたが、本当はかなり怖かったのだろう。口では誤魔化せても心と身体は正直で、今の優奈の行動がそれを示している。


 安心させるようにもう一度だけ頭を撫でてやって、俺たちはパラソルへと戻っていった。

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