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はい、あーん……

 朝から遊び回った俺たちは、憩いの場である広場にいて、肘置きのある白いガーデンチェアに腰を下ろして休憩をしていた。

 各席にはパラソルが設置されていて、俺たちの他にも家族連れや友達同士で涼みながら軽食を食べたり笑顔で話を弾ませているようだった。


「優奈。少しお腹減らなかった?何か軽食でも食べない?」  


 隣のガーデンチェアに座っていた優奈に尋ねる。時間はまだ十一時を回っていないので、昼食にしては少し早すぎる。だが少しお腹に何か入れたいくらいには小腹が空いている状態だった。


「いいですね。何食べましょうか?」


「確かレストランの他に屋台とかあったよな。とりあえずゆっくり見て回って決めようか」


「はい」


 俺たちは立ち上がって、広場にある屋台へと向かった。


 しばらく歩けば、香ばしいソースの香りが鼻をくすぐる。香りがする方向には焼きそばや焼きとうもろこし、そしてかき氷など様々な屋台が並んでいて、それを注文した子供たちは美味しそうに食べていた。


「結構色々あるんだなー」


「どれにするか迷いますね」


 どれもこれも目を引くものばかりで、選ぶのに悩んでしまうのだが、俺は一つの屋台の店に決めた。


「俺は決まったぞ」


「わたしも決めました」


「せっかくだからせーので二人で言おうぜ」


「いいですよ」


「じゃあいくぞ。せーの……」


「「ソフトクリーム」」


 俺と優奈の声が見事にシンクロした。言い終わって二人で顔を見合わせると、軽く笑い合う。


「奇遇だな」


「二人とも同じこと考えていたみたいですね。冷たいものを食べたかったんですよ」


「でもかき氷の屋台もあるぞ?」


「かき氷よりソフトクリームの気分だったんです。ほら、早く買いに行きましょう」


 買うものが決まれば早速ソフトクリームの屋台へ。屋台には黒の半袖Tシャツ姿が似合う店主らしき男性と奥で作業している女性の姿があって、どうやら二人で店を屋台を切り盛りしているようだった。


 俺たちが来ると、その男性店主は笑顔で白い歯を見せて「いらっしゃい!」と元気の良い声で迎える。


「優奈。何味食べる?」


「えーっと……わたしはバニラ味で」


「分かった。すみません。バニラ味とチョコ味のソフトクリームを一つずつで」


「バニラ味とチョコ味を一つずつね。代金は四百円になります」


 ウエストポーチから四百円を取り出してカルトンに置く。男性はお金がちょうどあることを確認すると「少し待っててねー」と言って、慣れたような手つきでソフトクリームを巻いていく。作業に女性も加わって、二つのソフトクリームはあっという間に完成した。


「はい。どうぞ」


「ありがとうございます……って何か写真のソフトクリームより量が多い気がするんですけど……」


 屋台にはイメージとなる写真が貼られているのだが、受け取ったソフトクリームはその写真のものよりも何回か多めに巻かれている。

 あくまでもイメージ写真なのでそれが正しいとは限らないが、今目の前にあるのは明らかにイメージとはかけ離れていた。


「お二人さんカップルだろ?元気な若者にはサービスしてあげてんのサービス。それに彼女さんも別嬪さんだねぇ。彼氏さんよくゲットできたねぇ……いだだだっ!」


 先の言葉を言いかけたところで、男性店主の悲鳴の声が上がる。女性が男性店主の耳を強く引っ張っていたのだ。しばらく引っ張るとその手を離したのだが、苦痛に歪めていた表情は変わらなかった。


「バカなこと言ってんじゃないよ!全く……ごめんよ。うちのバカ旦那がセクハラ紛いなこと言っちゃって。お嬢ちゃんも気を悪くさせただろう。ごめんね」


 さっきまでの般若のような迫力は何処へいったのか、穏やかで落ち着いた口調で申し訳なさそうに女性が言った。バカ旦那と言っていたので、この女性と男性店主は結婚しているのだろう。


「いえ。そんなことは……とても陽気な人だとは思いましたけど……」


「どうもありがとうね。二人ともこの後も楽しんでね!」


「はい。ありがとうございます」


 屋台を後にした俺たちは、自販機で飲み物を購入してさっき休んでいたガーデンチェアのある場所まで戻って座ると、優奈にアイスクリームを手渡した。


「甘くて美味しい……」


 ソフトクリームをペロリと舐めて、優奈は感想を漏らす。その頬は緩んでいて、今度は小さな一口でソフトクリームを口にした。


 溶けきる前にと、俺もチョコのソフトクリームを食べた。甘くて濃厚な冷たいチョコの味わいが広がっいく。


 今思えば、この日のためにお互いに甘味制限をしていて、このソフトクリームはその制限を解除した最初の甘い物である。優奈にとっては至福の時だろう。頬が思わず緩んでしまうのも納得がいった。


「良くん」


 三口ほど食べたところで優奈に呼ばれると、優奈はバニラのソフトクリームを俺に差し出していた。


「はい。あーん……」


「マジで?人の多い場所なんで結構恥ずかしいんですけど……」


 この憩いの場には現在、俺たちを除いて六組が休んでいて、半組は家族連れ、二組は友達同士、もう一組は恋人同士という組だ。

 家にいるときは何度かやってるしやってもらっているが、人がいる前でやったことなどない。話に花を咲かせているのはいえ、彼らの前であーんをしてもらうのはいささか恥ずかしかった。


「誰も見ていないから大丈夫ですよ。ほら。早くしないと溶けちゃいますよ。あーん……」


「……あーん……」


 ソフトクリームが溶けてしまうのはもったいない。優奈に強引に押されたような形で、俺はバニラのソフトクリームを口にした。


「どうですか……?」


「……美味い」


 バニラのソフトクリームを味わうように咀嚼して飲み込んだ。


 優奈は誰も見ていないと言ったが、俺の背中に何やら痛々しい視線が突き刺さっているのは感じた。だが、もう一度やってしまえば関係ない。


「じゃあお返し。あーん」


 今度は俺が優奈の口元までチョコのソフトクリームを持ってきてやると、優奈は迷うことなくソフトクリームを一口。


「美味しいです」


 と、満足げな笑みを浮かべた。


「それは良かった」


 俺も口元を緩ませて笑うと、暑さで溶けてしまう前ソフトクリームを食べ進めた。

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