かけ合いっこ
目の前には波が押し寄せてきていた。俺はその場に踏ん張るべく足に力をいれて備えていたのだが――、
「うぉわっ!」
押し寄せてきた波の力の前にあっという間に飲み込まれて、俺はその場で倒れ込み水しぶきを上げる。すぐに立ち上がって少し離れた場所でこちらを見守っている優奈に笑顔を向ける。
その後はウォータースライダーを三周ぐらいして散々はしゃぎ回った俺たちが今いるのは、人工波を作り出すことのできる造波プールだ。
最初は浅瀬だが、奥に進むにつれてどんどん水深が深くなっていき、押し寄せる波も強く感じる。俺がいるのは中間地点だが、優奈は浅瀬のところに留まっていて、楽しんでいる俺の姿を穏やかな表情で見つめていた。
俺は顔の水を手で払いながら、浅瀬にいる優奈の元へと戻る。
「優奈も行こうよ。波を感じれるし楽しいよ」
「ここでも十分に波を感じることはできますよ。それに、今ははしゃいでいる良くんの笑ってる顔を見ていたい気分ですから」
浅瀬でもさざ波程度は訪れてはいるが、造プールの中間地点やその先に比べるととても静かで、心地よい。それでいて遠目で俺を優しい眼差しで見つめているのだから、その姿はまるで子供を見守る母親のようだ。
「じゃあ膝ぐらいまでのところで浸かろうぜ。それだけでも十分違うと思うし」
それなら水着が濡れることもないし、波も程よく感じられる。
「それに、俺の笑顔だって近くで見ることができると思うけど?」
少し意地悪そうな感じで尋ねてみた。
俺は優奈と一緒に造波プールで遊びたくて、優奈は俺の笑っている顔を見たい。それは近くで見たほうが優奈にとっても幸せと感じるだろう。
「……分かりました。一緒に行きましょう」
浅瀬にいた優奈がゆっくりとプールに入っていく。そして膝下ぐらいまで水に浸かったところで歩を止める。
しばらくすると人工波が出現して、その波は徐々にこちらへと向かってきて――、
「ひゃっ……!」
「おっと」
予想よりも波が強かったのか、小さな悲鳴と共に二、三歩ほど後ろにたじろいで、思わず体勢を崩しそうになるのを、優奈の背中を支えて倒れるのを防いだ。
「ありがとうございます」
「思ったよりも勢いあるだろ。流されないようにしないとな」
優奈の身体なら本当に波に飲み込まれて流されてしまうのではないかと心配になってしまう。
しばらくするとまた人工波が打ち寄せてきた。だが二回目ともなると、優奈は後ろによろめくこともなく押し寄せてくる波を楽しんでいるようにも見えた。
「浅瀬のさざ波も気持ちいいけど、こっちはこっちで楽しいだろ」
「はい。とっても」
最初は膝下あたりまでプールに浸かっていた身体が、だんだんと楽しくなっていき少しずつ前進していき強い波の衝撃を感じにいく。
数十回に一回、大きな人工波が現れる時があり、優奈より前にいた俺は頭から波に飲み込まれて、優奈もそれなりに水を被っては、二人で声を出して笑った。
「良くん」
造波プールの浅瀬で少し休憩をしていたときに、優奈から声をかけられた。
「ん?」
「えいっ」
「おわっ!」
振り向くと、ぱしゃりという音と共に優奈に水をかけられた。その水は足元やら胸元やらに飛び交って、驚いた俺は思わず情けない声を上げる。
俺の様子を見た優奈は声こそ上げないが、くすくすと淡い笑みを浮かべている。
「やったなー。そりゃ!」
「きゃっ!」
お返しにと、俺も優奈に水をかけ返す。
勢いはそれほど強くないのだが、かけた水の量が多かったので、優奈のラッシュガードと水着がさらに濡れる。
「良くんこそやりましたね!」
負けじと今度は優奈も水をかけ返してくる。先ほどよりも勢いが強かったのだが、なんら問題はない。
「水のかけ合いっこ。一回やってみたかったんですよね」
最初はただ見守っているだけだった優奈が、今は年相応の少女のように楽しそうな笑顔で、今にも水をかけるぞと言わんばかりの体勢をとっている。
俺もクスッと笑みをこぼしては、まずはさっきの仕返しに水をかけると、優奈も水をかけ返してくる。
俺たちはまた声を出して笑いながら、しばらくの間お互いに水をかけ合っていた。
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今日もう一話投稿予定です。




