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王子様は姫を守りたい

 屋外プールに来たのだから早速プールに入って泳ぐ――というわけでもなく、俺たちは施設内をゆっくりと歩いていた。

 

 夕方近くまで遊ぶ予定を立てていて、流石にその時間まで泳いでいられるだけの元気は残っている自信はない。今のうちに軽食店や面白そうなアトラクション、二人でのんびりできる場所を探しながら、十五分ほど見て回っていた。


「優奈ってどれぐらい泳げるんだ?」


「小学校のプールの授業のときは二十五メートルは泳げましたけどここ数年は泳いでいないのでやってみないと。良くんは?」


「俺も五十メートルほどぐらいかな」


 優奈も昔は泳げていたようなので、感覚を取り戻していけば泳げるようになるだろう。


「それじゃあプールに入ろうか」


 やはり夏というだけあって、少し歩いただけでも汗が滲み出てきてしまう。冷たい水を全体に感じたいと思ったと同時に、そろそろプールで優奈と遊びたいと考えていた。


 太陽の光が水面に降り注いでいて、眩い光を反射する。そこきらめきはまさしく夏の訪れとも言えるものだろう。


 まず俺が先にプールに降りているはしごを下って、プールに入る。

 続いて優奈がプールに足を踏み入れようとしたのだが――


「ひゃっ……!冷たい……」


 つま先が水面に触れたところで、身を震わせてすぐに足を引っ込めた。そんな反応を示した優奈が可愛くも面白くも見えてしまい、思わず声を出して笑った。


「笑わないでください」


 むぅっと唸ってツンとした表情で不満げに言葉を漏らす優奈に、俺は笑みを浮かべたまま「ごめんごめん」と謝る。

 

 もう一度つま先をゆっくりとプールの中に入れて、脚、腰、肩と身体を慣らすように徐々に浸かっていく。


「思ったよりも冷たいですね」


「それが気持ちいいんだろ」


 優奈が流されていかないように、俺は優奈の手をしっかりと握りしめる。


 俺たちが今いるのは、全長六百メートルある流れるプールだ。

 流れる速さは比較的緩やかで、水深もそれほど深くない。迷惑にならない程度で友達同士で水をかけあっていたり、恋人と仲睦まじく過ごしている。中には二、三歳ほどの子供が浮輪を持ってぷかぷかと浮かんでいて、後ろから父親が支えて、横で母親が優しい眼差しで見つめている姿もあった。


 俺たちもプールの流れに身を任せて、そこから見える景色を楽しんでいた。


「えっと……良くん?」


 優奈が戸惑うような声を上げる。


「ん?」


「なんでわたしの後ろにいるんですか?こういうときは普通は隣にいると思うんですけど……」


 厳密に言えば、真後ろにいるのではなく優奈の横に立って一歩ほど下がった位置にいる。優奈からしたら俺が横にいないことは疑問以外の何物でもなくて、そう尋ねるのも無理はない。


「だって……ほら。もしかしたら痴漢されることだってあるかもだろ……」


 優奈は誰もが振り返る美人である。どこを歩いても優奈に視線は集まることは当然であり、水着姿になっている今はそれまでの比ではない。

 俺が一緒にいる以上、凝視する者はそういないがやはり一度は横目で見てしまうほど、今の優奈は魅力的なのである。


 そうなると、プールで起きやすいトラブルの一つ。窃盗と同等かそれ以上の犯罪行為。痴漢だ。

 

 この時期になると、よくテレビでプールに遊んでいると背後から臀部や胸部を触られたというニュースを見かけることがある。

 施設を歩いているだけなら周りの目もあるのでそうそう起きるものではない。


 だが水の中だとどうだ。まず水面が反射するので、よく見ていないと周りからは見ることができない。それに触ったとして被害者が声を上げても、加害者はたまたま触れていただけで故意ではない、不可抗力だと、否定をすることができる。


 それで第三者の証言もなければ、加害者側は逃げることができ、被害者側は辛い気持ちを背負ったまま何もすることができない。


 楽しみだったプールが苦痛に変わってしまい、人によってはそれが一生の心の傷となってしまって二度と遊びに来れなくなってしまうことだってある。


 それは突然、優奈の身に降りかかることだってある。もし優奈にそんなことが起きたらと考えるだけで……俺はきっと我を忘れてしまうだろう。


 ならばそれを防ぐためにどうするか。

 俺が優奈の一歩後ろにいることで、優奈の背後を守ってやればいい。そうすれば優奈に痴漢を働こうとする不届き者に気づくことができる。

 

 せっかくプールに来たのだから、楽しい思い出で埋め尽くしてほしいのだ。


「俺が側にいるときは、優奈に嫌な思いをさせないって誓ったからな。絶対に守ってやる」


 水中で手を繋ぐ力が自然と強くなる。

 

「もう……良くんって人は本当に……じゃあ……後ろから抱きしめてください……わたしは良くんのものだってみんなに分かるように……」


 優奈ははにかむようにして笑うと、負けじと強く握り返していてそう言った。


「分かった」


 俺は頷くと、優奈の真後ろに立ってお腹に手を回して抱きしめる。すべすべとした肌の感触が直接伝わってくる。


「マジで細いな」


「頑張りましたから。ダイエット」


「苦しくはない?」


「大丈夫です。むしろもっと強く抱きしめてほしいくらい……」


 ご所望通り、抱きしめる腕の力を強めると「んっ……」と声を漏らして、身体の体重を俺に預けてきた。


「プールの中ですけど、良くんは相変わらず暖かいですね。本当に安心できます」


 抱きしめている腕に優奈の手が触れる。指先でなぞったりして腕の感触をしばらく楽しむ様子を見せたあと、細い手が腕を掴んだ。俺が離さないようにするための抵抗だろうが、そもそも離すわけがない。


 後ろから彼女を抱きしめている。そんなことをしているのは俺だけなので、この場ではかなり浮いてしまっている。


 カップルや家族で訪れている者たちからは、優しい目で見守られている。幼子からは「お兄ちゃんとお姉ちゃん仲良いね!」と両親に言っている声がこちらまで聞こえてきた。

 優しい視線の中には、殺意と嫉妬の篭ったものもあるが、それはもう慣れっこになってしまったので気になることはない。


「なんか、バカップルって周囲にアピールしているみたいですね」


 優奈は振り向いて、蕩けた目で俺を見てくる。


「そんなつもりでやったんじゃないっての」


「わたしはいいですよ。良くんのこと大好きですし……もっとイチャイチャ……しますか?」


「それ以上やったら俺の意識が持たん」


「後ろから抱きしめてるのに?」


「これは……あれだから。護衛であってイチャイチャじゃないから」


「そんなこと言ってお顔真っ赤になってますよ」


「全くうるさいお口だな」


 俺は小さく吐息を漏らして、棘のある言葉とは裏腹に優奈の頭を撫でる。優奈は気持ちよさそうに目を瞑っていて、周囲の目はさらに温かいものと鋭いものが飛び交った。

 

 確かにこの場でこのこの状況は、そう見えても仕方ないなと苦笑して、プールの流れに身を任せていた。

お読みいただきありがとうございます。


夏休み早々公共の場でいちゃつきだす二人……

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