種目決め
「おはよう」
「おはようございます」
翌朝。
俺たちはいつも通りの場所で待ち合わせをして、合流した。
校内では「本当にただの護衛役か?」「それにしては距離近くないか?」「もしかして本当の王子様になったんじゃないか?」と噂をされている。
そんな噂には耳を塞ぎつつ、俺たちはいつも通り登校する。
「なぁ、天野さん」
「なんですか?良くん」
昨日の電話のときはかなり恥ずかしそうに言っていたのに、今は平然とした様子で俺の名前を呼んでいる。
一回呼んでしまえば慣れるものなのだろうかと、俺は首を捻った。
「それは母さんが来たときの呼び方だろ?別に今は無理して……」
「別に無理なんてしていません。こっちのほうが呼びやすいので呼んでいるだけです。それに今は誰もいませんから大丈夫です」
天野さんはあたりを見渡す。確かに今の時間帯あまり人の気配はなく、この場にいるのは俺たち二人だけだ。
こうして二人で登校するようになってからは、少し早めに高校へと向かっている。高校では広まった話ではあるが、アパートではそんな噂はなくせいぜい仲の良い同級生で通っているのだ。
俺は困ったような顔を浮かべて後頭部を搔く。
「分かったよ。でも高校では控えてくれ」
最近クラスの男子生徒が、俺を獰猛な目で睨みつけてことが増えている。そんな状況下で「良くん」などと言ったら、彼らは発狂するに違いない。
「分かってます。そこは場を弁えていますので」
「ならいい」
「だから今は良くんと呼びますね」
天野さんは悪戯っぽく笑った。
慣れない響きで恥ずかしさはあるものの、別に誰かに聞かれているわけでもない。俺は了承しつつ、照れているのがバレないようにそっぽを向いた。
俺が視線を外した瞬間、天野さんの顔が見る見る真っ赤になり、無理に平然を装っていたことを俺は知らなかった。
☆ ★ ☆
「よし、体育祭の組み分けを発表するぞー」
朝のホームルーム。
野太い声で中村先生は言った。一限目は先生の授業であるため、騒がしくしなければ迷惑をかけることはないだろう。
青蘭高校は三学年合わせて六百人。
そこそこの生徒数である。そこから赤、青、緑、白の四つの団に組み分けされる。
六月の梅雨の時期に行うため、毎年雨の中行っていたようだが、今年は是非晴れてほしいものだ。
組み分けは先生が既に決めていたらしく、その表が黒板に貼り出されていた。生徒たちが黒板に集まっているなか、俺と斗真も後ろから組み分け表を眺めた。
俺、斗真、瀬尾さん、そして天野さんの四人は全員白団に振り分けられていた。
「なんたる偶然」
「良かったな。これで良介が一人でポツンと座っていることもなくなったぞ」
「おい、それはどういう意味だ」
などとくだらない会話をしているものの、内心少し喜んでいる。仲の良い友人がこれだけ固まるといったことはまずないだろう。
「おーし。各団男女別でそれぞれの部屋に移動して出場する種目を決めてくれ。女子は三つ。男子は全員参加の騎馬戦含めて四つの種目に出てないといけないからな」
ホームルーム時に配られた体育祭のしおりらしきものに目を通す。スケジュールが細かく組まれて
おり、スピーディーな行動が要求される。
俺たち白団は近くにある空き教室を使った。
各クラスの生徒とは一切の面識がなく、ほとんどが初対面だ。
「さーてと種目は種目はー」
斗真はペラペラとしおりをめくっていく。
「ええと。最初は短距離走。続いて台風の目、障害物競走、玉入れ、綱引き、昼休憩を挟んで大縄跳び、二人三脚、男子全員参加の騎馬戦、男女混合リレー、そして……各団選抜リレー……最後のは初めて聞いたな」
斗真が呟く。周りにいた生徒たちも初めて聞いた響きに、首を傾げた。
「せんせー。この最後の競技ってどんなことするんですか?」
どうやら各団の生徒も同じようなことを思っていたらしく質問を飛ばす。
「各団選抜リレーってのは、一年、二年、三年の部と三つのリレーがある。各学年は男女二人ずつ選出して、女子は百五十、男子は三百メートル走るんだ。体力があるやつじゃないと、まず無理な競技だな」
三百メートル。青蘭高校のトラック一周分と言ったところだな。
各団の振り分けを見るからにして、青と緑に運動部が多いようにおもえる。どちらかといえば白団は文化部が多い。
「じゃあ、早速決めていくか。とりあえずみんなやりたい競技言ってって。そこで人数被ったらじゃんけんで」
こういうときの斗真は助かる。
普段は互いにくだらないことを言い合っているが、中学時代はキャプテンを務めており、リーダーシップを持ち合わせている。それに的確な指示だってだせる。
「良介は何に出るつもりだ?」
「んー。なんでもいいかなー」
「勝つ前提で考えるなら、良介にはリレーに出てほしいんだよな。何気に足速いし。今もジムで鍛えてんだろ?」
「前ほどではないが……まぁそれなりに」
俺は首肯する。
「じゃあ、いいじゃんか。俺も出たいと思ってたから一緒に出てぶっちぎりで勝とうぜ」
「そんな上手くいくもんかね」
「俺ら二人ならなんとかなんだろ」
俺たちの団は比較的スムーズに話がまとまった。文化部に所属している彼らもリレーは避けたいということで、男女混合リレーは野球部に所属する白石真司、バスケ部の大山秀隆が出場。
各団選抜リレーは、俺と斗真が出ることとなった。
「よろしくな。斗真。それに柿谷くんも。俺のことは真司と呼んでくれて構わない」
「俺も秀隆でいいぜ。やるからには勝たないとな。頑張ろうぜ」
坊主頭の白石は爽やかな笑みを浮かべ、髪を短く切り揃えてある大山は、決意のこもった言葉を述べた。どうやら二人とも斗真の友達らしい。二人ともいい奴そうで、俺は胸を撫で下ろす。
「おう。よろしくな」
俺も彼らに挨拶を交わした。
「さてと、あとは騎馬戦だな。上も重要だけどやっぱ下だよな。安定感があるやつを下に置きたい。左右はあとで考えるとして前は俺ら運動部と良介がやることで異論はないか?」
「「ない」」
「え?俺運動部と同じ扱い?」
「そりゃそうだろ。運動部に所属してないお前の鍛え上げたその筋肉を活かせる場所は、ここしかないだろーに」
そう言って斗真は、俺の二の腕を触る。
「あー。俺も体育のときそれ思った。結構ガッチリしてるんだよな」
真司が言う。
「あ、まさか……」
秀隆が何かを悟ったかのように言葉を漏らす。
「確か騎馬戦の上って、上の体操服脱がなきゃいけないだろ。それを狙って……」
「違う。俺は見せたがりじゃないぞ。俺は前が嫌なだけであって……」
「よーし決めた。良介。お前は上決定だ」
斗真の言葉に、彼らは同意するように頷いた。
「マジかよ」
そんなことのために鍛えてるわけじゃないんだよなと思いながら呟いた。
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