二回目の夏休み
「あっっつかったー。早く冷房つかないかなー」
真司が制服の襟元をバタつかせて、空気を送り込んでいた。
七月下旬。
今日で一学期は終了し、明日から高校に入学してから二回目の夏休みとなる。先ほどまで体育館で終業式が行われていて、たった今教室に戻ってきたところだ。
熱が篭っていた体育館に閉じ込められていたため、真司みたいに「マジ暑いわー」や「校長の話し長すぎー」とみんな口を揃えて文句を垂れていたのだが、明日から一ヶ月の長期休暇に入るので、生徒の表情は明るい。
「いーなー。みんな夏休み満喫できて。俺はお盆以外部活でほとんど潰れるからなー」
「でも夏大順調に勝ち上がってるみたいじゃん。テレビで観てたよ」
真司の所属する野球部は、二回戦まで勝ち進んでいてベスト16になっている。毎年一、二回戦負けの野球部は今年は何かが違うぞという期待を目で見られているようだ。
その中で真司はちゃっかりレギュラーとして試合に出場している。テレビで優奈と一緒に二回戦を観戦していたときに、一桁の背番号を付けた真司がヒットを打っている姿を見ては二人で喜んだ。
「俺が白球を追いかけている間、みんなは彼女とイチャイチャしてんのかー」
「今の真司は野球が恋人なんだもんね」
「やめろ。めっちゃ悲しくなってきた」
「ボールは追いかけたら捕れるかもだけど真司が女の子を追いかけたら逃げられるからな」
「あれー。なんだかうるさいと思ったら秀隆くんの口かなー。お口チャックしようねー」
「おーいお前らー。ホームルームやるから席につけー」
騒いでいると中村先生が教室に入ってくる。
俺たちは一旦別れて席へと戻り、連絡事項や帰りのホームルームなどを行い、一学期は今ここで終わりを告げた。
☆ ★ ☆
「じゃあ部活行ってくるわ」
ホームルームが終わるや、真司は鞄を担いで俺たちに言った。明日も大会らしく、対戦相手も中堅校なようなので気は抜けない。少しでも早くグラウンドに向かって練習したいのだろう。
「おう。頑張れよ」
「テレビで陰ながら応援させてもらうわ」
「球場に足を運ぶという気は……」
「決勝まで行ったら考えてやらんこともない」
「言ったな!決勝まで行ったら絶対来いよ!んじゃあ!」
元気の良い挨拶を言い残して、真司は駆け足で教室を出てグラウンドへと向かっていった。
「ちなみにみんなの夏休みの予定は?」
「真司ほどではないけど俺も部活かな」
「俺も似たようなもん」
純也の質問に、斗真と秀隆が答える。
この時期は大会に負けた高校は新チームが始動して二年生はその中心になる。斗真や秀隆もその中心となる人物なので、この夏は彼らも部活に力を入れるに違いない。
「純也は?」
「俺はバイトとオープンキャンパスかな。模試の結果とかにもよるけど、やっぱ今のうちに志望大学は絞っておきたいし」
「あーね。俺も気になるところがあるから八月頭に行くんだよ。都会だけどな」
「え?そうなの?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「初耳」
秀隆のカミングアウトに、俺たちは耳を疑いもう一度聞き返すが、秀隆は頷いた。部活で忙しいのにも関わらず進路のこともきちんと考えているのだと、俺は尊敬の眼差しを向ける。
「カッキーは?」
「俺は……」
「天野さんとイチャイチャ 」
「それだけじゃねぇわ」
俺が答えるよりも先に斗真がニヤニヤと笑みを浮かべながら答えたので、少しイラッとして言葉に少し棘を持たせた。
「それだけじゃねぇわってことはイチャイチャはするんだな」
秀隆も温かな視線を送ってきて、もういいだろそれはと、その話をここで止めた。
「俺も勉強とバイトがメインになるかな」
もちろん優奈と遊んだりもするし実家にも帰省する。母さんは帰省するときは優奈を連れてこいとラインでも電話でもうるさく言ってきて、優奈もまた母さんに会いたがっている。
まだ時期は決めていないのだが、今年の帰省も優奈を実家に連れて行くことになりそうだ。
それに、圭吾さんと希美さんもこの夏はドイツから一時的に帰ってくることができるらしい。
俺も改めてご挨拶はしたいと思っているので、そこの予定については上手く調整する必要がある。
「良介もオープンキャンパスは行くんだよな?先生にもいろんな大学勧められてるんだろう?」
「そりゃここでずっと一位張ってる良介を学校が放っておくわけないだろうな」
中村先生には何度か進路のことについて相談はしている。先生は親身になって話を聞いてくれて県内外問わずいろんな大学を紹介してもらっている。
先生に言われたことは「結局最後に決めるのは柿谷自身だから、親御さんともゆっくり話をした上で決めるんだぞ」と、この言葉だった。
「この夏はみんな色々と大変ってことだな」
「でもさ。夏休み中どこかで時間作ってみんなで集まろうぜ。俺たちだけじゃなくて天野さんとか梨花とかみんな誘ってさ」
「それいいな!みんなで遊びに行こうぜ!」
「良介はどう思うよ?」
「いいな。とても楽しそうだ」
色々と考えることは多いが、目の前にある夏休みを楽しむことだって今しかできない。彼らと過ごす思い出はきっとかけがえのないものになるだろう。
「この話、あとで真司に教えておくよ。めっちゃ喜ぶと思う」
「おう。頼むわ。それにみんなの予定分かったら教えて。それで日程とか決めようぜ」
「おう」
「分かった」
「それじゃあみんな。良い夏休みを」
斗真が最後にそんな言葉を残して、俺たちは帰り支度を済ませて教室を出る準備を始めた。
☆ ★ ☆
「悪い。待たせた」
「そんなに待っていないですよ」
既に帰り支度を済ませて待ってくれていた優奈の元へと向かうと、優しく笑いかけてくれた。
ゆっくりと階段を降りて玄関へ。外に出ると肌を刺すような日差しに当てられて、思わず目を細めた。
「随分と楽しそうに話をしていましたね」
「あぁ。夏休みはみんなで遊びに行こうって話しててさ。優奈たちも誘おうって言ってたんだ。多分あとで斗真から誘いのラインが来ると思う。それに優奈たちも楽しそうに話してたような気がするけど」
俺たちが話している中で、優奈たちも談笑している姿が目に映っていた。
「夏休み中に結月さんのお家に泊まりに行こうって話をしてたんです」
「お泊りって……優奈と瀬尾さんと平野さんだろ?東雲さんの家は大丈夫なのか?」
「大丈夫らしいですよ。なんでもお家がそこそこ大きいらしくて、みんなで泊まれる用のお部屋もあるらしいんです」
「それめっちゃ豪邸じゃね?」
もしかしていいところのお嬢様なのでは……。だがのんびりとした彼女の雰囲気からはあまりそのようなイメージはなかっただけに、今の優奈の言葉には少々驚かされた。
クラスメイトの知らないところはまだまだあるんだなぁと思い知らされる。
「もしお泊まりの予定が決まったらまた教えますね」
「おう」
「あと……今年の夏休みは思い出たくさん作りましょうね?」
真上に輝く太陽に負けず劣らずの笑顔で言った優奈の表情はとても眩しい。
「あぁ。忘れられない夏にしてやるよ」
「ふふっ。楽しみにしています」
「まずは明後日に行くプールからだな」
「その……良くんが好きそうな水着を買ったので……楽しみにしていてくださいね……」
「と、言いますと……?」
「内緒、です」
優奈は顔を赤らめながらも穏やかな微笑を携える。教えてくれなかったのは残念だったが、優奈の言う通り明後日のお楽しみにとっておこうと、優奈の指を優しく握りしめて、俺たちは買い物をするためにスーパーへと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
次回から夏休み編!
そして優奈の水着姿も披露されることになります。




