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梅雨のお家デート

 六月中旬。

 とある日の休日――


「今日は一日中雨だってさ」


 こんがりと焼き目がついている食パンを頬張ってコーヒーを流し込んだあと、テレビに流れている天気予報の見つめながら、一足先に朝食を食べ終えてシンクで食器を洗っている優奈に言った。


「先週から梅雨入りが宣言されましたからね」


「今日のお出かけは中止にせざるを得ないだろうな」


「そうですね……」


 本当ならば、今日は優奈と映画を観に行く予定だった。


 いつかの日に見た、優奈も見ていたという大ヒットした恋愛ドラマ。その作品を生み出した製作陣と監督が新たに恋愛映画を制作して、先週公開されたのだ。

 公開して一週間が経過したのだが、映画ランキングでは堂々の一位。満足度も97%とドラマと同等かそれ以上に満足のいく内容なようだ。


 その映画を今日観に行こうと三日ほど前から予定を立てていたわけなのだが、今日は生憎の雨。それも時間が経過するにつれて降水量が増していくらしい。


 映画を観に行くためにこんな悪天候の中を出歩く必要はない。身体が冷えて風邪を引いてしまう可能性だってあるだろうし、今日観に行かなければいけない理由があるわけでもない。こんな日は家でゴロゴロ過ごしているのが一番だ。


 が、仕方ないと思いながらも優奈は、少し残念そうに眉を下げて食器を洗っていた。

 それだけ今日観に行く映画を楽しみにしていたということだろう。もし天気の神様がいるのなら、優奈にあんな落ち込んだ表情をさせるなと文句の一つでも言ってやりたいところだ。


「優奈。今日は一緒にドラマ観ない?」


「ドラマ?」


「うん。一緒に見てて面白いって言ってたドラマあるだろ?あれ一話から録画してたからもう一回最初から見直そうよ」


 気を落としている優奈を元気付けようと、俺は一つ案を出した。


 幼馴染だった主人公とヒロインは、お互いが好きだったのにも関わらず告白ができずじまいで、高校生のときにヒロインが家族の事情で田舎へと引っ越してしまう。

 数年後、社会人になった二人はもう一度再会するのだが、仕事や人間関係、そして恋のライバルの出現などなど。次々と起こる出来事に翻弄されつつも、二人の距離はどんどん縮まっていくという、コメディと恋愛を交えたドラマである。


 今旬になっている俳優さんと女優さんを主人公とヒロインに抜擢して、味のある演技で有名なベテラン俳優さんを脇役として固める。常時ギャグを挟んでお茶の間を和ませつつも、シリアスな展開で騒つかせたりと今期かなり期待値が高い。

 俺と優奈がハマっているドラマの一つだ。


「ほら。優奈も座りな」


 食器を片付け終わった俺はソファーに腰を下ろしてソファーをポンポン叩く。優奈もソファーに座ると身体が密着し合うぐらいまでの距離まで寄ってきて、肩に頭を預けてきた。


「楽しみは来週に持ち越しだな。今日で映画が終わるわけじゃないんだからさ。だからそんな悲しそうな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ」


「じゃあ……今日は一日中良くんと引っ付きながらドラマ観てお家でのんびりしましょうね」


「引っ付くという点に関してはいつもと変わらないような気がするんだけどな」


「良くんはわたしにくっつかれるのは嫌ですか?」


「ハハッ。まさか」


 上目遣いで首を可愛らしく横に傾げて聞いてくる優奈に、俺は軽く笑うと優奈の肩に腕を回して、もっとこちらに抱き寄せる。優奈は気持ちよさそうに俺の胸元に顔を埋めていた。


「むしろもっとくっついてほしい。俺から逃げることができなくなるくらいに」


「わたしは元から良くんから離れるつもりはありませんよ?」


 胸元に顔を擦り付けている優奈が顔を上げると、小さく笑う。沈んでいた優奈の表情もいつものような可愛くて優しいものに変わっていた。


 俺は早速リモコンを操作して、録画していたドラマを流した。


☆ ★ ☆


「んー。終わったー。ここからどんな展開になってくんだろうな」


 録画してあった最新話を全部見終わって、俺は大きな欠伸をする。


「やっぱり二人で花火を観ていたときに哲也が想いを伝えるべきだったんですよ。明らかに三葉は告白されるのを待ってたじゃないですか」


 隣で観ていた優奈は不服そうに主人公への苦言を呈していた。そうは言ってもドラマだからな、と俺は苦笑いを浮かべるしかない。


「確かにあの場面で告白してりゃ間違いなく成功してただろうし、俊一が三葉に猛アタックをかけることもなかっただろうしな。ほとんど告白みたいなことも言ってたし」


「それなのに哲也は……なんだがモヤッとします……」


 主人公の煮え切らない態度が優奈は気にならなかったようだ。


「このままじゃいずれ三葉の気持ちは俊一の方に行っちゃいますよ」


「あいつにはあいつなりに考えがあるんだろ。気持ちはなんとなく分かるなー。俺も優奈にいつ告白するか悩んでたし」


 意を決して告白したのは文化祭終わりのあの夜だったが、タイミングによっては優奈が他の男に奪われていた可能性だってある。

 それに告白に大事なのは気持ちなのだ。いくら好機がそこに転がっていても気持ちの準備をしていなければ、その好機を逃してしまう。


 もしかすれば、それは一生訪れることはないのかもしれない。俺は極めて幸運な男だったとも言えるのだろう。


「さっきも言ったけど、優奈を他の誰かに渡すつもりなんて毛頭ないから」


 俺が掴んだ優奈という運は、決して離さないことを改めて伝える。


「わたしが逃げることができないように、手をずっと握っててくださいね」


「なんなら今から握る?」


 指と指を絡めあって、俺たちは自宅での時間をのんびりと過ごした。

お読みいただきありがとうございます。

お家デートっていつも二人お家デートしてますよね。


二人が観てたドラマの軽い設定


哲也

ドラマの主人公。どこにでもいる普通の男。

幼稚園の頃からずっと一緒にいる三葉のことが好きなのだが、素直になれず社会人になった今も未だに告白できていない。

中学時代に母親を病気で亡くして、父親と二人暮らし。 

家事はそつなくこなす。

三葉とは違う職場。


三葉

ヒロイン。幼稚園の頃。とあることがきっかけで哲也のことが好きになる。

幼少時代の可愛らしい少女が、社会人になると可憐で大人びた印象へと変貌。男女問わず社内で人気。

仕事もできて愛想良く性格も良い。料理と洗濯は得意。掃除は少し苦手。


俊一

哲也の恋のライバル?三葉の同期。

三葉とは関わる機会がなかったのだが、社内のとあるプロジェクトを三葉と二人で担当したことで接点を持つように。プロジェクトは見事成功し、それを機に三葉と話すようになり、彼女の内面に惹かれていき……

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