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労いのプリン

「腹減った……」


 バイトからの帰り道、お腹の虫を鳴かせながら、俺は街灯灯る夜道を一人歩いていた。

 片手は袋で塞がっていて、中にはコンビニで購入したスイーツが入っている。


 来たる夏に向けて、俺と優奈は現在甘いものを極力控えている。だが、中間テストも無事に終えたというのもあり、バイトが終わってからコンビニに立ち寄って購入してきたのだ。


 大好物である甘味を制限している優奈は、一緒に外を歩いているときに移動販売しているクレープ屋やケーキ店のサンプルとして並んでいるケーキを見つけると目をキラキラと輝かせるのだが、食べたいという欲求を必死に抑えていて我慢している姿をよく見る。


 我慢するのは大切だが、我慢しすぎるのも良くない。労いの意味を込めて今日くらいは自分の好きなものを食べたってバチは当たらない。明日からまた甘味制限をすればいい。


 今日の夕飯は何かなーと予想しながら階段を登っていき、自分の家の前に着くと鍵を取り出して鍵を開ける。


「ただいまー」


 ドアを開いてそう言ったあと靴を脱いでいると、エプロン姿の優奈が出迎えに来てくれた。お風呂から上がって間もないのか、どことなく顔が赤らんでいるようにも見えた。


「おかえりなさい」


 靴を脱いでリビングに向かおうとすると、優奈が大きく両手を広げて満面の笑みでこちらを見つめている。


「おかえりなさいのぎゅーでもしてあげようと思いまして」


「いや。バイト帰りだから汗臭いし、優奈だって風呂済ませてるんだろ。今の俺に抱きついたら優奈も汚れちゃうぞ」


「そんなの気にしませんよ。わたしは今の良くんを抱きしめたいんです。お風呂なら家に戻ってからまたシャワー浴びれば済みますから」


 だからほら、と優奈は両手を広げたまま待っている。俺も表情を崩して淡い笑みをこぼして優奈の小さな身体を優しく抱きしめる。


「やっぱ汗臭いよな」


 風邪をひかないために、バイトが終わってからはタオルで汗の始末はきちんとしているのだが、どうしても匂いは残ってしまう。


「そんなことないですよ。それに今流してる汗はバイトを頑張ってきた勲章です。今日も一日お疲れさまでした」


「なんで俺をそんなに甘やかしちゃうのかなー」


「甘やかしてあげたいからですよ」


 優奈の温もりが服を通して伝わる。

 本当に……尽くされてるなぁ。正直、もう優奈のいない生活なんて考えられない。


「お風呂入ってくるよ。あとこれ。テストお疲れって意味でコンビニでスイーツ買ってきたんだ。夜飯のあとに一緒に食べよう」


「はい。いってらっしゃい」


 俺はブレザーとスイーツの入った袋を優奈に手渡して風呂場へと向かった。


☆ ★ ☆


「おおっ。すげーな」


 入浴で身体を温めて食卓に向かうと、優奈が既にカレーをよそってくれていた。大皿にはいつもより多めのご飯の上にルーがかけられている。鶏肉や野菜たちは少し大きめにカットされていた。

 

 それよりも刮目して声を漏らしたのは、カレーの上に乗せられているハンバーグ。優奈のものに比べると一回り大きいハンバーグが中央にとんでもない存在感を放っている。香辛料とジューシーな香りが食欲を掻き立てて、お腹も早く食べたいと言っていた。


 トマトサラダと野菜とベーコンを使用したコンソメスープ。俺が好きな組み合わせの一つだ。


「いただきます」


「召し上がれ」


 手を合わせて、早速カレーをスプーン一杯に掬って頬張る。炊き立てのご飯と温め直したカレーが口腔内に熱を宿して、火傷しないように口に空気を送り込みながら味わう。


 ご飯に中辛のルーがさらに食欲を増進させる。人参やじゃがいもに玉ねぎ、そして鶏肉もよく煮込まれていてルーと絡んでいた。

 ハンバーグはもはや実家の味となんら変わらない。相変わらずジューシーで噛めば噛むほどに肉汁が溢れて何度も味わいなくなる。


 最高だなぁ。と、夢中になって食べる俺の姿を、向かいに座っている優奈はニコニコと笑みを浮かべながら見つめていた。


「食べないの?」


 お茶を一口飲んだあと、優奈に尋ねる。


「それよりも良くんの食べてるところを見たくて」


「見てて楽しい?」


「はい。ずっと見てても飽きないですよ」


 笑みを崩さぬまま頬杖を突いてそう言った。

 優奈の柔らかく温かい視線を感じながら、俺は再びカレーを掬って口に運んだ。


 バイト終わりというのもあってよほどお腹が空いていたのか、多めによそわれていたカレーはあっという間に胃袋の中へと消えてしまった。


「おかわり食べます?結構多めに作ったんですけど」


「んー。今日は遠慮しておこうかな。デザートもあるし。明日の朝にでもいただくよ」


 食べ終わって食器を片付けたあと、俺は袋から購入してきたスイーツを取り出す。


 せっかく食べるのだからとびきり甘いやつにしようと、俺が購入したのはプリンである。パッケージの蓋には『甘くて美味しい超濃厚カスタードプリン』と記載されている。


「ありがとうございます。いただきますね」


「はい。どうぞ」


 蓋を開いてスプーンでプリンを掬うと、優奈は小さい一口で口に含む。味わうように噛んでいると見るからに幸せだと分かるほどの笑みを見せて手を頬に当てた。


「とても美味しいです」


「それは良かった」


 そこまで言うのだから相当美味しいのだろうなと、俺も一口。パッケージにもあるように、卵の濃厚な味わいが口に広がる。しっかりとしたコクの甘いプリンに少し苦味のあるカラメルが良いアクセントとなってベストマッチ。

 何度でも食べたくなってしまうような、そんな味のプリンだった。


「ご馳走様でした。良くん。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 デザートを食べ終わって、カフェオレが淹れられているマグカップに口を付けて一息をついたあと、優奈は感謝の言葉を述べた。俺もその言葉に微笑みながら頷いて、優奈の頭を優しく撫でた。

 ご飯を食べているときは向かいの席に座っているのだが、おやつやティータイムのときはこうして隣の席に並んでいる。


「良くん。改めて学年一位おめでとうございます。それに自己最高得点更新も」


「ありがとう。優奈も最高得点更新だろ」


「はい。勉強会した甲斐がありましたね」


「俺も優奈のおかげで数学満点取れたからな。あとはまぁ……色々と癒してもらったし。本当に感謝してるよ」


 優奈の教えてもらったところが、テストでも出題された。彼女の教えがなければこのように数学満点を取ることはできなかっただろう。

 学校生活だけでなく、プライベートでも献身的にサポートしてもらっている。本当に感謝の言葉をいくら言っても足りはしない。


 優奈の頭を撫でていた手は、徐々に降りていく。キューティクルと艶のある髪を愛でるように指に絡ませる。その感触を楽しめば、優奈の頬に触れた。


「先週はたくさん甘えさせてもらったから、今日は俺が甘やかすよ」


「良くんの手。とても気持ちいいです」


「気に入ってくれて嬉しいよ」


 頬に触れていた手を少し移動されて、指先で顎をくすぐるように触れる。こそばゆかったのか優奈の身体がビクつく。俺の手は顎から首筋に移動して、反応を楽しむように優しくくすぐった。


「くすぐったいですよ……」


「じゃあやめよっか?」


「むぅ……良くんの意地悪……だめです。もう少しやってください……」


 優奈はふくれっ面を浮かべてそう言った。 


「言われなくてもやるけどな」


 そんな彼女の姿をからかうように笑みをこぼしながら、しばらく優奈をくすぐり続けていた。

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