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胸のつかえ

 家に帰ると、既に優奈たちの靴は三和土に並んでいた。時刻は一時を少し回った頃でリビングに戻ると、優奈たちは既に勉強を始めていた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 優奈が笑顔で出迎えてくれたので、思わず俺も頬が緩んでしまう。それが嬉しくて優奈の頭を撫でようと腕を伸ばそうとする。優奈もはにかんで、下を向いて撫でられる姿勢をとっていた。


「はいはーい。そういうのはわたしたちがいないところでやってくださいなー」


 平野さんの手を打ち鳴らす音と共に声が聞こえて、俺は伸ばしていた手を戻す。みんながいるのにも関わらず、ついいつもの癖で撫でてしまいそうになってしまった。


「二人って家だといつもこんな感じなのかな?」


「そうでしょう。さっきまでのだってもう当たり前のように優奈ちゃんのこと撫でようとしてたもん」


 平野さんと東雲さんは小声でヒソヒソと話をしていて、俺の後ろからは「アツアツだなー」と冷やかしの声が聞こえたり、何やら嫉妬深そうな視線を感じた。

 その視線を飛ばす人物はおそらく真司だろう。きっと彼女がいない自分に対して自慢しているのか、と目で訴えられているような気がした。


「さーて。午後も勉強頑張ろうかー」


「そんなこと言っても空気は締まらないぞー」


「うるさい。さっさと座って勉強するぞ」


「はいはい」


 斗真の一言に室内に笑いの声が飛ぶと、それぞれ気持ちを切り替えて午後の勉強に励むのだった。


☆ ★ ☆


「うん。斗真くんはこの応用問題はもう解けるようになったね」


 瀬尾さんは斗真の持っているノートを見つめると笑顔でそう言った。


「この調子なら化学は高得点狙えるんじゃない?」


「そうだといいけどな。やれることのことは最後までやるけど。とりあえず分かんないところはここだけだったから、ありがとうな梨花」


「どういたしまして」


 勉強会の席は特に決まっていないのだが、とりあえず男女で分かれて座っているので、斗真は瀬尾さんのいる女子席の方まで向かって、問題の解き方を教えてもらっていた。


 こういう席移動は結構頻繁に起こっていて斗真たちはもちろんだが、瀬尾さんや平野さんたちも分からないところがあれば俺に尋ねてきていた。


 俺は文系全般を得意科目としているので、国語や日本史や世界史などの社会。英語などの分からないところならほとんど対応できる。社会に関しては単語さえ覚えてしまえばどうとにでもなるので、俺が教えているのは文章問題の解き方ぐらいである。

 

「カッキー。ここの英語の文章問題なんだけどね……」


 東雲さんが教科書とノートを持って俺の席にやってきた。ちなみに彼女はあまり英語はあまり得意ではなく、赤点ではないのだが教科別の順位では英語はいつも下位にいるらしい。どうしても今回でその苦手を克服したいとのことだった。


「ん。どれどれ……あぁ。これは一見難しそうに見えるんだけど実は……」


「ねぇねぇ天野さん。この図形の問題が少し分からないんだけど……」


 純也が優奈に数学の分からないところを尋ねているところが、偶然視界に入る。優奈は顔を上げると優しい笑みを浮かべて純也の指していた問題に目を向けて、解き方を教えていた。


「カッキー?」


「あ、あぁ。ごめん。ここの問題は実はこの前の文章に答えになる英文が書かれてるんだ」


 東雲さんに名前を呼ばれると、俺はハッとしてその問題の解き方を教える。しばらくして理解できたのか「ありがとー」と言葉を残して東雲さんは自分の場所へと戻って勉強を再開した。


 俺はもう一度、優奈の方に視線を送る。優奈はまだ純也に解き方を熱心に教えていた。


 (なんか距離近いような……いや、さっき俺が東雲さんに教えていたときもあれぐらいの距離感か)


 午前中も優奈に教授を願う斗真たちの声は聞こえていたのだが、俺も集中していたのでその様子までは見ていなかった。


 優奈と純也の距離は一人分のスペースができている。二人はある程度お互いのことを知っているし軽口を叩ける程度の仲なので、あれぐらいの距離感が二人にはちょうどいいのだろう。


 だが、解き方が分かったときの純也の嬉しそうな表情と優奈の安堵した表情をその目が強く焼き付けてしまい、俺の心は少しひっかかりを覚えた。


 (何を気にしてんだ俺は。あれぐらい普通だ普通。二人もそれなり仲いいんだし。それよりもちゃんと勉強しねぇと……)


 頭と心にそう言い聞かせて、俺も化学の問題と向き合いペンを走らせようとする。だが今のあの光景が頭から離れずに問題に集中できない。

 

「ありがとう。天野さん」


「いいえ。宮本さんのお力になれて良かったです」


 二人は軽く言葉を交わすと、純也はこちらのテーブルに戻ってきた。


「天野さんって教え方上手だね。すぐに理解できた」


「それな。しかも優しく教えてくれるからこっちもやる気出るんだよなー」


「良介もそう思うだろ?」


「あ、あぁ。そうだな」


 とりあえず頷いて話を合わせると、俺は一旦ペンを離して大きく身体を仰け反らせて目を瞑る。

 

 (そうだよな。勉強会なんだからみんな優奈と話すのは当たり前。当たり前なんだ……)


 俺の口から思わず深い深いため息が漏れる。


 (なのになんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだよ……)


 斗真も真司も秀隆も純也も、俺の大切な友達だ。それはきっと彼らもそう思ってくれるだろう。

 それならば何故、そんな大切に思っている彼らにこんなにも嫉妬心を抱いてしまっているのか。


 考えれば考えるほどに理解が追いつかなくなっていく。このままだと勉強にも支障をきたすと思った俺は、立ち上がってベランダを向かい外の空気を吸いに出た。

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