それぞれの惚気
勉強会が始まってニ時間ほど経過した。
始める前は俺と優奈の生活について興味深々な様子で聞いてくる真司と平野さんたちではあったが、始まってしまえば気持ちを切り替えてそれぞれ勉強に精を出している。
そもそも進学校で有名である青蘭高校に入学できるだけの実力を皆持っており、基礎的な問題はそこまで苦とはしないので、あとは数をこなすのみである。
少し意地悪な文章問題や問題文が表している言葉の読解力などが必要となる応用問題に関しては分からないところがあれば、俺や優奈に聞いてくると言った感じで、順調に勉強会は行われていた。
それでも長い時間勉強を続けていれば自然と集中力は切れ始めて――
「腹減ったー」
そう呟いたのは秀隆で、テーブルの中央に置いてある軽食の手を伸ばす。取ったのはチョコレートで袋から取り出すと口の中に放り込んだ。
時計に目を向ければ、針はもうすぐ十二時を指そうとしていた。
「そろそろお昼にしようか」
俺はノートと教科書を閉じてそう言うと、「あー。疲れたー」とみんなそれぞれ固まった身体を伸ばしたり大きな欠伸をしたりした。
「いやー。今日も良介と天野さんの料理が食べられるって最高だなー」
「斗真と純也は良介と天野さんの料理食ったことあるんだっけ?」
「うん。凄く美味しかったよ」
「マジかー。期待値上がるなー」
と、男性陣が何やら楽しそうに盛り上がっているのだが……
「ん?何言ってんだお前ら」
「……へっ?」
「……えっ?」
俺の一言に斗真と真司が目を丸くして、情けない声を漏らす。俺は立ち上がると彼らに向けて、言った。
「近くの店で昼飯食いにいくぞ」
「おいおい良ちゃん。そりゃないぜ」
「そうだそうだ!横暴だ!そんな話聞いてないぞ!」
「俺たちは何のためにさっきまであんな必死に勉強してたんだよ!俺は良介と天野さんの昼飯を食いたくて頑張ってたんだぞ!」
「テストで上位を狙うために勉強してんだろうが。最後のは完全に目的から逸れてんだろ」
納得がいかないのか、純也以外の男子は抗議の声を上げる。瀬尾さんたちは呆れたような瞳で斗真たちを見つめていて、優奈も困ったように苦笑いを浮かべていた。
「今から九人分の昼飯なんて作れるかよ。それに斗真とか真司とかめっちゃ食うじゃん。食費がいくらあっても足りねぇよ。仮に作ったとしてもその後俺の冷蔵庫の食材が綺麗さっぱりになくなってしまうので却下です」
「えー」
「えーじゃない。とにかく男性陣は外食だ。女子たちはどうするんだ?」
「わたしたちは優奈ちゃんのお家でお昼ご飯食べるんだ。優奈ちゃんのご飯楽しみー」
「そう言ってもらえて嬉しいです。頑張って作らせてもらいます」
どうやら事前に決めていたようで、平野さんたちは楽しみな様子で笑顔が溢れている。それを間近で見せられた真司たちは、その表情を絶望なものへと変える。そこまでして手料理を食いたかったのか。
「今度来たときは作ってやるから今回は我慢してくれ」
「言ったな?言質はとったぞ?」
「おう」
俺は頷くと、真司たちは納得したような様子を見せて立ち上がって、「早く飯食いに行こうぜ」と言いながら玄関へと向かっていく。
「それじゃあ一時過ぎくらいにまた集合でいいか?」
「はい。いいですよ」
「気をつけてねー」
午後の集合時間を決めて、俺も彼らの後を追うべく玄関へと向かった。
☆ ★ ☆
俺たちは近くの牛丼屋に訪れており、テーブル席に座って注文した品を食べていた。
「めっちゃ美味いー」
「やっぱり疲れてるときに食べる肉は美味いね」
牛丼をスプーンで掬い口一杯に広げて頬張ると秀隆は頬を緩ませて、純也も続いて感想を口にした。斗真たち運動部は特盛。俺と純也は大盛を食べている。
「あんだけ言っといてやっぱ腹に入ればなんでもいいんじゃねぇか」
「いやいや。良介たちの飯が食えるのは確かに楽しみだったから。ちなみに良介は料理は何が作れんの?」
「とりあえず一通りのものは作れる」
「じゃあ今度来たときはメンチカツが食いたい」
次回、俺の家に訪れたときの昼食のリクエストを述べる真司に「へいへい」と軽く返事をする。
注文した牛丼とサイドメニューのサラダを食べ終わり、俺たちは談笑を交わしていた。主に学校での面白い出来事や部活動での愚痴が中心だ。
女子たちも今頃楽しく過ごしているのだろう。何か変なことを聞かれて、帰ってきたら弄られるということは避けたいところではあるのだが。
「良介はさ。天野さんといつから付き合ってるんだっけ?」
秀隆が話の話題が急に切り替える。あまりにも突然だったので「え?」と驚いた表情を浮かべた。
「あー。気になる気になる」
「あれ?真司と秀隆は知らなかったっけ?」
「だってもう前から一緒にいたからさ。いつから恋人関係になったのかなって」
真司と秀隆は一年生のときは別クラスだったからそこまでの詳しい情報は入らなかったのだろうか。改めて言うのは少し恥ずかしいのだが、真司と秀隆は興味津々な様子でこちらをジッと見つめてくるので、俺は視線を横に逸らしながら言った。
「正式に付き合い始めたのは文化祭が終わってからだよ。その日の夜に家で俺から付き合ってくれって言った」
「ヒュー!」
「ロマンチック!」
「やめんかい」
茶化してくる二人に俺は少し顔をムッとさせた。
「でも付き合う前から今みたいな生活してたんでしょ?あまり生活に変化はなかったんじゃない?」
「いや。そうでもないさ」
「そうなの?」
「あぁ。でもそこから先は教えない」
「なんだよー。もったいぶらずに教えろよー」
「俺たちには知る権利があるんだよー」
「俺には黙秘権があるんだよ。どうしても知りたいって言うならここからは料金が発生するからなー」
流石に一緒に眠ったとか、実は優奈が物凄く甘えん坊ですぐに引っ付いてくるとか、俺だけが知っていい情報なので、いくら積まれても絶対に言うわけない。
「ほら。もう帰るぞ。午後の勉強会が始まるからな」
その後の帰り道もしつこく聞かれたのだが、俺は微笑を浮かべながら繰り出される質問をゆるりと躱していった。
☆ ★ ☆
美少女四人がテーブルを囲みながら優雅に昼食を楽しむ。そこは正しく楽園という以外に言葉はなかった。
彼女たちが食べているのは、ナポリタンとチキン、サラダにスープといった栄養バランスが取れているメニューだ。
優奈のご飯に舌鼓を打ちながら、彼女たちはある話の話題で盛り上がっていた。
「夜の星空の下で告白されるのって凄くロマンチックよねー!」
「わたしも憧れちゃう」
彼女たちの話の話題は優奈が良介にどんな風に告白されたのか。多感な高校生の持ち出す話題は、男女問わず一緒であった。優奈もまた、平野さんたちに質問攻めにあっていた。
「それでそれで!クリスマスとかは!?」
「一緒にイルミネーション観に行った後にご飯を食べてからクリスマスプレゼントを交換して……」
「何を貰ったの?」
「それは……内緒です」
そう言って微笑む優奈の表情は本当に幸せそうで、きっととても嬉しいものだったのだろうと平野さんと東雲さんは考える。
「えー。梨花ちゃんは知ってるの?」
「うん。知ってるよ」
「あとでこっそり教えてよ梨花ー」
「わたしからは何も言えないかな。一つ言えるのは柿谷くんの想いが沢山詰まったものって言うくらい」
「何それめっちゃ気になる!?」
落胆しながらも楽しそうな笑みを見せる平野さんと東雲さん。瀬尾さんは優奈の貰ったプレゼントを実際に身につけているところを見ているので知っており、良介が渡したプレゼントは何かと考える二人の姿を微笑を携えて見ていた。
「いーなー。わたしもカッキーみたいな優しい彼氏が欲しいー」
「良くんは絶対にあげませんよ?」
優奈の目に一瞬、警戒の色が宿る。
「あはは。取るつもりないし取れるわけないよ。第一、二人の間に入り込む隙間なんてこれっぽっちもないから」
「カッキーは本当に愛されてるね」
優奈の雰囲気から察して、本当に良介のことが好きなんだということが二人にはひしひしと伝わった。
「天ちゃんたちって付き合ってから喧嘩とかしたことあるの?わたしが知る限り喧嘩したところ見たことないから」
「それはもちろん喧嘩の一つや二つはしますよ」
「へぇ意外。相思相愛カップルだからそんなことには無縁だと思ってた」
「例えばどんなことで?」
優奈は過去の記憶を遡って思い出すように視線を天井に向ける。
「夜ご飯食べ終わったあとに一緒に食べようって思ってたアイスを先に一人で食べちゃってたりとか……」
「あー。それはカッキー悪いねー」
「言ってなかったわたしも悪いんですけどね。でもすぐに謝ると、コンビニに行って別のアイスを二つ買ってきてくれたんです。それもわたしが前に食べたいって言ってたアイス。ちゃんと覚えててくれてたんだって……」
「あ、まさかの惚気?」
東雲さんの声は優奈には届いていない。
「それに以前寝顔を撮られたことがあったので、良くんが寝ているときに写真を撮ったらそのことがバレてくすぐられたり……」
「最早喧嘩ですらないじゃん!ただの仲のいいカップルじゃん!」
「あと良くん。最近ハマってる小説があるらしくて。宮本さんから勧められた本らしいんですけど、ずっとその小説を読んでてわたしに構ってくれないときがあって……」
「なんかもうお腹一杯になってきちゃったな。お砂糖で」
「これ以上は糖分過多で死んじゃいますー」
「本当に柿谷くんと天ちゃんは仲がいいね」
この日、三人は優奈の違った一面を知ることができた。




